ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5489,人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践
現在、そんな気持ちになることなど殆どない。主体的な待つのは良いが、
相手の都合によって待たされることに苛立つ。現代はムダな時間を排除するのが
求められる。そのムダの時間には考える余裕が含まれるが、今やそれが無くなり
つつある。企業では無駄が排除され、合理性が求められる。そして定年や人員
カットで社会の一線から押し出され、御年寄りとしてムダの存在として見られ
がちになる。それに苛立ちと焦燥感が蓄積される。それが乾くと、一寸した
発火で怒りが爆発し燃え上がる。10歳の頃の一年は、本当に長かった。
新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨が
きて、試験があり、やっと夏休み、・・と長い日課が延々と続いた。それが、
今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されて
ないのに、思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために
生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。そこではマイナスの
フラッシュバックが次々と出てくる。 私たちは自分の時間割を帯グラフで
割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の
書き上げとアップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。
8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、帯グラフに従って一日を
こなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、
マシーンが介在する。どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人に
とって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、iPod、
パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及を
始めたので解消してきた。 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の
前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。
待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと
私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。それが本来の姿ではなかろうか。
生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つ
ことも大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。
「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね!
・・・・・・
4018, シングルイン、31年間の総括 ー1
2012年03月26日(月)
準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。
* 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、
閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。
* 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。
* 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。
* 創業時の自己資本が2億。借金残債が10億だったので返済額20億円。
* 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、
勘定足って銭足らずの典型。
* ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな
右下がり、2001年の9・11テロから4年かけて売り上げが
三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック
以来、二年半で半減。11年前の9・11テロから三分の一まで減少。
東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。破綻の直接原因は
9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。
東北大震災は最後のとどめ。
* 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、
ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。
* 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95%
の支払い済み。(国の補填3百万も含め。)役員は、役員就任時に一度、
退職金払い済み。
* 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。
それも、半年後に売却。( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れる
と思ってなく、慌てていた」。自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけた
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03月26日(土)
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