ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5179,人生相談という気晴らし! 〜⑧
30年も多く生きる時代に対処できなくなってきた。それが異常な自殺者の増加
というカタチで出ている。そこで問題になるのは老いと病に対する対処の仕方
である。ここで著者は「死生観」から「生老病死観」への対応が必要という。
ガンになれば、以前なら老人病で助からない自然死に近い扱いであったが、
治療で乗り越えるケースが多くなる。しかし、治療で生き延びた方が幸せかと
老と病に対する問題が出てくる。そして、それが自殺の増加につながってくる。
  ー まずは、その辺りから、抜粋してみるー 
≪ 人類は「人生五〇年」の時代を長く続けてきた。日本の場合、一九四七年の
平均寿命は男性が五〇歳、女性が五四歳だったが、その二〇年前や三〇年前は
織田信長が、桶狭間で、「人生四〇年」だったかというと、そんなことはない。
あの織田信長が、桶狭間の戦げてんゆめまぼろしごといの前夜に「人間五十年、
下天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり」という冒頭の一節で知られる幸若舞
「敦盛」を舞ったのは、一五六〇年のことである。その時代からほんの数十年前
まで、四世紀から五世紀もの長きにわたって、人間の寿命は五〇年だったわけ。
 現代人は、平均寿命が徐々に延びるのが当たり前だと思っている。だが、
それはごく最近になって生まれた「常識」にすぎない。何百年にもわたって、
「人間の寿命はおよそ五〇年」というのが世の中のスタンダードだった。
 したがって「人生八○年」というのは、人間社会にとって「常識破り」の
大変化だといっていいだろう。人の一生がいきなり従来の一・五倍以上に膨張
したのだから、その急激な変化が人間の心理に影響を与えないはずがない。
当然、何らかの不適応が起きるだろう。現代人のうつは、その不適応のひとつ
なのではないだろうか。 というのも、「人生五〇年」と「八○年」では、
人間のライフサイクルがまるで違う。人生五〇年の時代は、働きづめに働いて、
気がついたときには死が目前まで迫っていた。だから「人生観」のことを
「死生観」とも呼んでいたわけだ。だが、人生八○年になるとそういうわけには
いかない。さんざん働いて定年を迎えても、死を迎えるまで二〇年、三〇年もの
時間が残されている。ゆっくりと老い、衰えや病気とつき合いながら、徐々に死に
近づいていくわけだ。そのライフサイクルは、「生か死か」というシンプルな
ものではない。「生」と「死」のあいだにある「老」や「病」を受け入れざるを
得ないのが「人生80年」の時代である。その場合、人生観は「死生観」だけでは
足りない。「生老病死観」とでも呼べるような、新たな人生観、もしくは人間観
のようなものが求められるわけだ。 ≫
▼ 両親の最期に、二人を看取ったこともあり、生老病死を近くで見たが、
 いざ自分が、その時期に近づくと、一人称と二人称の、あまりの開きに驚く。
身体はあちこち痛むし、心は暗くなる。世の中は、決して老人に優しくない。
それと身近が次々と亡くなっていく中、死の不安の問題が出てくる。所詮は、
全てが死んでしまうのが分かっていてもである。考えようによって、以前は僅か
だったが、現在は殆どが、長生長者。生老病死をじっくり味わうことができる。
どう味わうかは「生老病死観」になってくる。その中で、やはり自分一人の世界を
持ち、味わうことが求められる。現在は情報化の時代、その気になれば幾らでも
味わう対象が手に入る。そうなると、それまでの準備があるか?
 群れから自分から離れ、「ひとり」になれるかどうか。
手っ取り早いのが、早朝の座禅、瞑想になる。長生きは辛く面白い!
・・・・・・
4073, 哲学で自分をつくる ー2
2012年05月20日(日)
     「哲学で自分をつくるー 19人の哲学者の方法 」瀧本 往人(著)  
 以下の人たちの哲学を一通り理解し、ダイジェスト的に説明出来れば一応、
哲学の歴史の一端を理解出来たことになる。対象が哲学の初心者に向けられて
いるので、門前の小僧にとってシンプルで分かりやすい。ーはじめにーより

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05月20日(水)
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