ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4988,暴走する世間 −4
同じ誤りとを発見した。答えを変えた受験者は、たいがい点数を上げていた。変更された全解答を
カウントして分析したところ、誤答から正答への変更は、正答から誤答への変更を二対一の比で
上まわった。 だが、もっと重要なことは、実験後の学生との面談から明らかになった。
「正答を誤解答と変える予感は、誤答を正答に変え損ねる予感よりも大きな後悔をもたらしていた」
のだ。つまり、何もしないほうが、何かをするより後悔しないで済む、ということだ。
どのみち誤答してしまうとしても。≫
▼ 人は、しなかった後悔より、実際にしてしまい失敗した後悔により捉われる傾向にある。
 実際に、この実験のとおり、私の具体的経験を振り返っても同じことがいえる。やらなかった
後悔は、実際に失敗した後悔の数倍の損失のことが多い。しかし実際ところ、止めて致命傷に
ならないで済んだことも多くあった。事業結果がこうだとしても、後悔をしていない。
原因がハッキリしているためだが、全身全霊を注ぎ込んだこともある。思った通り、生きて
なかったら数倍、いや数百倍も後悔していたはず。 海外旅行は、起こりえるトラブルが全て
起こると覚悟をしておかなければならない。「良いこと2に、後悔すること1」の比率で、通常生活
10倍が圧縮して生じてくる。そう割り切ってしまえばよい。「正答を誤答へ変える予感に従うと、
正解する確率が二倍になる」のと同じ比だが・・少し意味が違うか。人生も同じことがいえる。 
刷り込まれた思い込みを間違っていると直感しても、その修正による失敗を恐れ、大事な人生を
棒に振る。 修正した方が正しいと分かっていても、である。だから計画をたて、準備を充分する
のである。結果は、それまでの経験の色分けを変色し、その歪を大きくする。
それにシタリガオ批判の歪が加わり自滅してしまう。
・・・・・・
3881, 閑話小題 ースロータイムの勧め
2011年11月10日(木)
    * のんびり、ぼんやりといこか〜   ー スロータイムも悪くない!
 第二か、第三の人生のキーワードは何だろと考えると、「ぼんやり、のんびり、のびのび、
ほのぼの」という言葉が浮かんでくる。あまり、のんびりすると、ボケてしまう?。 数十年も
緊張の連続の後、これからの人生は、せめて一日のうち数時間でも、のんびりし、
ぼんやりすることも必要だろう。この随想日記を毎日書き続けるのも結構、緊張をする。
スケジュールに沿って生活しているので、一日中は、ぼんやりしていられない。
一応、午前中はスケジュールを満つにして、午後はフリーにしている。
最近、「アングリー・バード」という子供向けのPCゲームで、午後の一時間は遊んでいるが、
これも、のんびりの範疇。無意味=無価値の時間を遊ぶことも必要?
「定年になったら女房と、のんびりと世界一周をしたい」というのを聞いたことがある。
地方で装置産業を事業としてきたので比較的に時間があった。しかし、のんびりしてきたか?
と言えば、そうでもなかった。しかし節目が変わって、価値観がコペルニクス的に変わり、のんびり
する時間が多い人生こそ最大の収穫と思えるようになってきた。 
ところで栗田昌裕の指回し体操で「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」
とブツブツ言いながらする健康法があるが、これを「ぼんやり」とすると良い。積極的幸せの追求は、
さておき、消極的幸せの追求に重心を移動する時節でもある。積極的幸せとは、自分の趣味を
追及するとか、人に認められるような事、人のためになる事を、追求すること。 
消極的幸せとは、病気や事故にならないように、人の迷惑にならないようにとか、まずは普通の
生活を確保して、それに満足する生き方、無事平穏こそ幸せ、と信じる生き方。 
第二の人生は現状を、これで良しと諦念する生き方?。 年寄りっぽくなってきたが・・ 
「歳には勝てない」として生きるか、原野に留まり自分の価値を高め続けるのか、その人次第。
それも、生活が安定した上の話になる。
・・・・・・・
3516, インターネットは20万年来の革命か?
2010年11月10日(水)

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