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堀井On-Line
by horii86
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■7424,閑話小題 〜 ああ、地元長岡について
それまで長年かけたライフワークと、教養のベースが有りか否か。
シネマ館で、私と同年代の観客が多く見られる。このところ、映画そのものが、
デジタル機器の向上で圧倒的に面白味が増しているとしても… 僅か千百円で、
幻想世界にアッという間に誘ってくれる。それは家庭内の大型高感度TVでも可能。
問題は、それらを消費する時間が足りないこと。
ところで、映画や、ドラマをただ万遍に見るのではなく、「何に対して、
何をみるか」の視野が必要ではないかと。遊びの分野に、小難しい話は何だが、
私は、ストレス解消。一日、週、月、年単位で、それらを潰していく。
映画・ドラマの物語の中で、喜怒哀楽や感動を、味わうこと。 ベッド前の
ブルーレイに自己評価85点の録画が300本と、YouTubeも控えてある。ネットも
含めると‘何か陽気な自閉症’? 体感は少ないとしても、脳幹に直接、響く。
現職に携っていた時は、目先を含めた将来と、現実社会のウエーブに
エネルギーの大部分を吸取られていた。 リタイア後の現在、先の心配、気遣い
のエネルギーが、フラッシュのように現れ出てくる記憶から、当時、気づかな
かったことがリアルに見えてくること屡々。それはそれは… 沈思黙考なれば
こそ、稲妻のような光と轟音に圧倒される。夜半の0〜2時半の、サイレント・
ブルーの中で、フラッシュとして轟音と稲妻が襲いくる。
とはいえ、それもこれも、過ぎ去ったことは妄想の類? でしかない、
今さら後悔しても… 成るほど、これが『日々是口実』ですか。
後記(2019年06月12日): 以下のテーマをみて、
『こんな自分に誰がした!』の言葉が… 最近、何やら後悔すること多し?
それでも、私の人生、けっこう気に入ってるけど!
「しない成功より、してしまった失敗」レベル… の話だけれど。
・・・・・・
6299,読書日記 〜『こんな長寿に誰がした!』
2018年06月12日(火)
『こんな長寿に誰がした!』ひろさちや(著)
*‘人生100年’は本当にいいことか?
曽野綾子の、<人生の良いとこ60歳まで>説を、50歳ごろに知り、「10年間を、
30年分に圧縮して生きた経験」を何度か、ここで書いてきた。 現在から考えて
みて、これが良かったと深く実感している。60歳を過ぎて、遣り残し感が少ない
ため、気持ちに余裕が持てる。会社清算に対しても、節目の時節到来と…
迷いなく処理をすることになった。
この年齢に自分が到達しようとは思ってなかったので、年々、変わりいく、
年齢の日々が、何とも新鮮である。
「年寄りとは、自分より5歳年上をいう」という言葉がある。成るほど、私の
「5歳年上」は、77歳になるが、やはり75歳が分岐点で、止まることない老化を
実感する年齢のようだ。 私も、あと良いとこ2〜3年と実感はしている。
姉が二人、80歳に到達したが、見るからに厳しいそうだ。特に81歳が鬼門。
100歳まで親が生きたとしたら、それも矍鑠としていたら、周りは?
《 ー内容紹介ー
「人生100年」は、本当にいいことか? 延命治療を選ばざるを得ない医療の現実。
「治るはず」と、現実を受け入れられない患者と家族。経験を若い世代に伝えず、
権利の主張ばかり覚えたシニア世代。 誇るべき長寿とは違う形で超高齢化を
加速するこの国のありように、宗教思想家が鉄槌を下しつつ、本当に幸福な人生
の締めくくり方を提案する。
ーカスタマー・レビューー
【 生きることは苦しい。老人は長生きしたことが幸せか。枯れることが大事。
知識ではなく知恵。病気のとらえ方。そして減ることのない欲。こういった
永遠の真理がつづられています。所々で、キリスト教徒と仏教の智慧と心理は、
過去はパーソナルな形で時代を超えて伝達されていたのですが、このような形
での伝達が不可能となった今、著者はこの作業を自分の使命と考えているよう。
真理を指摘するのは簡単だが、実践することが難しい。実践できないまでも、
頭の片隅に置いておく。それくらいかな、凡人にできるのは。】
―
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06月12日(土)
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