ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6671,閑話小題 〜何とまあリアル!
複雑な悪意と善意が交わりあう世界では、知っておかなければならない基本的
知識になる。世間とは、私ー>両親ー>家族ー>御近所―>町…の方向性を持つ。
また逆の方向性の性格を持つ。それは善意という人間としての温みを持つ。 
 しかし、「良かれと思って行ったことが悲劇的な結果を招いてしまうこと。
または、悲惨な出来事が皮肉にも善意の行いが発端となっている」ことを言う。
これが「日本では誤用されている」との主張もある。その論を要約すると
実際には、「天国をめざして信心する人は多いが、そのために善行を続ける人は
少なく、結局は地獄へと進む事が多い。地獄への道には、そうした人々が心の中
から落としてしまった善意(直訳は「善き意図」)が降り積もっているのだ」
… という言葉である。つまり「善意を持っていても、実行がともなわなければ、
いずれその人は地獄へ落ちる」という意味になる。
 ところで、善意って、それを被った悪意? その自覚さえ無い無知? 
地域社会でホワイトナイト気取りに、是非、身に付けるべき絶対センス!

  〜内容紹介〜
≪ たしかにあの人は「いい人」なんだろうけど……。
 ときに悪意よりも恐ろしい、善意の人との疲れない〈つきあい方〉

 1 善意は何をもたらすか
 2 「知らない」ことの不幸
 3 不完全のすすめ
 4 矛盾を抱えてこそ人生
 5 どうすれば自分を失わないでいられるか
 6 図らずも心が救われるとき
 7 傷ついた人にしかわからないことがある
 8 生きることの厳しさを教えられる親になるために

 善意の人々は、自分の好み、自分の思想、が正しいのだから、それは世間に
とってもいいことだ、と疑うこともない。たとえ正しいことでも、世間では、
その正しさが相手を苦しめることもあるなどとは夢想だにしないのである。
もちろん家族や世間を困らせるのは、いわゆる犯罪であり、悪意や憎悪である。
しかし善意もまた、時には油断がならない。 本書「まえがき」より -- ≫

▼ 日本の裁判の9割が「善意が仇となって起きる争い事」と… 。
 学生時代にロマンローランの『ベートーベンの生涯』の中で、
『良く、かつ高貴に行動する人は、それだけで不幸に耐えることが出来る』
『苦悩を通り抜け、歓喜に!』という言葉を読んで、座右の銘にしていたこと
があった。これがもしかして、地獄の道の善意ではなかったのでは?
英国、スペイン、それ以前の、キリスト教布教を建前にした、アフリカ、アジア、
アメリカ大陸の植民地化が、まさにキリスト教という弱者救済の善意の舗装工事
の押付けでしかなかった。相手の気持ちを考えずに平然と相手を傷つけていた
憶えが多々あるが、これも、相手のためという善意が見え隠れする。毎日、
数時間もかけて、これを書上げ、ネット上に公開しているが、未来の自分と、
共感して?くれる読者に対する善意があるが、これが曲者になる。
としても、露悪より、偽善の方が、まだマシ。だって…コスプレが面白いもの。

7年前の以下の文章は、この文章を書上げた後に、ネット内検索で拾ったもの。
何か、7年前の自分が、現在の文章を見て冷笑しているような? でも、
この重なりも悪くはないという、言い訳も。 
――――
2011/10/05
地獄への道は善意で舗装されている  〜1
 20数年前の経営セミナーで、創造工学の中山正和が、
「日本の裁判の中で、9割が善意でしたことが発端で裁判になっている。
『地獄の道は善意で舗装されている』のが、現実社会である。」という言葉が
印象的だった。甘い善意は、地獄の入り口と心に刻んだことを記憶している。 
特に事業においては善意は絶対禁物が人間関係の第一歩。当たり前のことだが、
それを知らない人が多い。
 善意の積み重ねは、その人の人徳を高める第一歩。しかし一つ歯車が狂うと、
「軒先を貸して、母屋を取られる」結果になる。営業を生業とするものは善意を
ノウハウとする。それが相手にとってのニーズであり、対象の懐に入る。

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06月21日(金)
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