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堀井On-Line
by horii86
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■6418,読書日記 〜 記憶こそが人生そのもの
なっていた。この随想日記を書き続けて16年半年になるが、40年以上前の学生
時代の日記を書き写しながら当時を回顧したり、その時々の読書や映画の感想文
や、旅行紀行や、還暦、古希の節目とか、会社整理とかに、ありのままの気持ち
を正直に書いていた。 早朝、書上げた後に、それまでの同月同日の文章を流し
読みも楽しみの一つ。 映画で、ナミヤ雑貨店の主人が悩み相談を受けた翌日、
牛乳ポストに、その返事を書いて入れておくのと、私のほぼ忘却した過っての
時空を超えた文章との自己対話が何かしら奇妙に似ている。真剣にテーマに
立向かっている瞬間は、垂直にたつ永遠の一点。「ナミヤ雑貨店」のシャッター
の新聞の入口から投げ込まれる相談の手紙が、過って書いた同月同日の文章。
 今は空家の雑貨店に侵入した3人組の青年の一人が勝手口から出て、外側の
シャッターから白紙の便箋を投げ込むが、時空を超えて、その店内の主人に届く。
その白紙に、主人が返答を書き込むが、それは白紙からの再生を促す内容。
早朝、新たな文章を書上げ、過去文を読返し、過っての自分を見つめなおす
のに酷似する。確かに、あの時、私は生きていた。その瞬間は永遠であった。
それを読んでいる時間も永遠だった。この雑記帳のようなテーマ日記は、私に
とっての生れ変りの役割りになってきた。その結果が、この「大変な人」か!
「城下町コスプレの大変な人たち」を31年間、新潟〜長岡間を通い続けたから
こそ確信を持って「ドッチも変」と言える。 「大変な人」が、如何した?
<「大変な人」など、あなたの心象風景。心の歪みじゃないかい! 
 成るほど、変になるわ!>と、内なる声! 

・・・・・・
脳がよろこぶ話 ー2
2014年10月09日(木)
      対談ー小菅正夫『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談
  *「平気で生きている」ことの強さ
 三年前に、めったに出来ない経験をしてみたが、いざとなると意外と平気。
よほど、事業立ち上げの準備期間の15年間の方が厳しい状況であった。
足元が、固まってない不安と、虚無感は、何とも厳しいものがあった。
開き直りもあるが、全力で、し終えた実感があるが、まだ見ぬ計画段階を
独りで、ひたすら具体化をするのは非常に厳しい。あった物を失うことより、
無いものを形にするほうが、何倍、何十倍のエネルギーを要する。
   ーその辺りよりー
≪ ・茂木:共通の幸福の条件ってあるんですかね。
・小菅:先ほど申し上げた通り、まず食べ物を発見したとき、ちゃんと食べ
られたとき。それと繁殖。交尾がちゃんとできた、出産がちゃんとできた、
育児ができた。これだけです。彼らはホントにそぎ落とした生き方しているから。
・茂木:ムダがない。
・小菅:ムダがないというより、余裕がない。生きていくだけで精一杯。
・茂木:もともと野生環境は厳しい。
・小菅:人も日本人を基準に考えたらダメ。僕もこの前ケニアに行っていた
んだけど、ホントにね、痩せた子ども。ハエがたかった子どもが街にいる。
それを抱えているお母さんが物乞いをしている。人ですらそうでしょう。
ましてやチンバン�も死んだ子ども抱えて、ライオンだってごく一部の幸運
な子どもしか育たない。彼らがそういう環募なかで生きているということは、
われわれとちょっと次元が違うと思う。それで満足というよりも、本当に
それしかできない。余裕がない、僕らは食べ物を取ったらその後、何か
楽しみが待っているけど、彼らはそこから、せっかく自分の身体の中に入れた
エネルギーをなるべく長持ちさせるようにゆっくり休んでいる。(中略)・・
・小菅:百何歳の曹洞宗の禅師のインタビューで、「悟りとは何ですか」
という、質問者がたずねた。「平気で死ぬことですか」と。そしたら禅師は、
「平気で生きていることですよ」― あれ、動物と同じだと思った。
動物って平気で生きている。たとえばうちにアサコていうゾウがいました。
六十歳超えていて、最後の臼歯が半分欠けて落ちた。それであまり食べられ

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10月09日(火)
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