ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6251,閑話小題 〜北が核放棄? 何を今さら
実在性の基準である。想像上のものには矛盾はない。矛盾とは必然性の
如何を試すものである)
(存在の奥深くまで体験された矛盾、それは我々の身も心も引き裂く。
それが十字架である)
自己弁護のためにひくにしては、これらのことばがあまりに痛切であることは
感じてもらえるだろう。私は十字架にまで到達できる人間ではないけれども、
せめて矛盾をかいま見る地点にまでは行きたいと思う。矛盾の一方に身を
置けば、たしかにそこにも悲劇は待っていよう。作家の自殺のいくつかは
そうした場所で行われたのではないかと私は想像する。だが矛盾そのものを
生きることは ―それは私には想像もつかない。ヴエイユの言う矛盾は、
いわば大文字で書かれた矛盾であり、人間そのものと言っていいと思うが、
そのことが、つまり究極には矛盾しかないのだということが、私に勇気を
与える。私の出会うもろもろの小さな矛盾も、最終的な矛盾と構造的に結ば
れているに違いない。ひとつの矛盾を解決し得たと思うとき、それがすでに
もうひとつの矛盾のはじまりになっている。その無限地獄にこそあるいは
書くことに第一原因がひそんでいるのかもしれない。―その辺でやめておけ。
おまえにはそんなことまで論ずる資格はありはしない。どうしてそんなに
大仰でこわばった口しかきけないのだ。 おまえの内なる自然の荒廃は
その口のききかたからもあきらかだよ。見栄をはって、もっともらしい
愚痴を人に聞かせる暇はもうないそ。 (一九七二年) ≫
▼【 ヴェイユの(精神がつきあたるもろもろの矛盾、それらのみが実在
であり、実在性の基準である。想像上のものには矛盾はない。矛盾とは
必然性の如何を試すものである)】が良い。人生を総括すると矛盾の塊である。
しかし、その矛盾こそ実在であると知れば、人生を、そのまま受け取ることが
出来る。「矛盾は人間そのもの」とすれば、自分だけでなく他人を受け入れる
ことも出来よう。激しく生きるほど矛盾は大きくり、その重圧に潰されながら
生きていくことこそ人生の味わいを深くする。人間は矛盾だらけか〜
他人のそれは見えても、自分のは見たくないもの。
・・・・・
4422, 糞袋の内と外
2013年04月25日(木)
「糞袋の内と外」石黒 浩 (著)
「世界の中の自分は時に不自由であるが、世界を飲み飲んだ自分は自由
なのである」という新聞広告にひかれて、アマゾンで、この本の内容紹介を
読んでみた。まだ発刊して間もないこともあり、レビューも何もない。
パソコンとネットの機能から、逆に人間の脳の機能を逆照射した哲学を読んだ
ことがある。 ロボット工学者が、人間の形を持ったロボットの視点から人間
を見つめると、また違った何が見えてくる。 まずは ー内容紹介ーより
≪ 人間は感覚器が集まった糞袋。しかしその糞袋は、自分が自分である
ということを確認する手段を持たない。CNNの「世界を変える8人の天才」
のひとりに選出されたロボット工学者、石黒浩。最先端のテクノロジー開発
を通し人間の本質を見つめる中で、「生きるとはどういうことか?」
「人間とは何か?」という問題を常に問い続けている。【人間を「糞袋」
と捉えることで、どのような答えが浮かび上がるのだろうか? 】約2年間に
わたって発信してきたツイートをもとに考察を深め、いま本当に伝えたい
メッセージを丁寧に綴った、渾身のエッセイ。≫
▼「人間は感覚器が集まった糞袋」と「世界を飲込んだ自分は自由なのである」
という意味について考えてみる。まず「人間は感覚器が集まった糞袋」を、
「人間は考える製糞器」であると言い替えると、動物とロボットと際立って
違うところは、動くエネルギーが動植物系と電気かガソリンの違いになる。
人間の燃えカスは、一度、糞袋に溜められて排出される。人間は世界を飲み
込んで(環境を直感して主体的に)動くところが違う。それも自由度が高い
ほど人間度が高い、ことになる。自由こそ人間たる要素である。
世界を知り、そこで方向を探し出し、常に環境の変化に対応し、殻を破り
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04月25日(水)
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