ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5162,閑話小題 〜ペプシパラドックス
 * ルート1 心が幻想だと理解する道(脳科学の道) 
          ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー前野 隆司著
信長が、幸若舞の演目のひとつの「敦盛」を好んで舞っていたが、そこには、
「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬ
もののあるべきか これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ・・」
という詞章があり、織田信長がこの節を特に好んで演じたと伝えられている。
人生振り返れば全てが夢幻。 その辺りを以下のように述べている。
 ≪ 古くは進化論で有名なダーウィンが、感情は基本的に「幸福」「驚き」
「恐怖」「怒り」「悲しみ」「嫌悪」「軽蔑」の七つから成ると述べている。
また、心理学者エクマンは、表情から見た感情には、「幸福」「驚き」「恐怖」
「怒り」「悲しみ」「嫌悪」の六つがあるという。軽蔑を感情に含むかどうか
だけが異なるが、あとは同じ。「幸福」が感情だというと日本語ではやや
不自然な感じがするかもしれないが、「ハッピネス」を「楽しさ」と訳さずに
「幸福」と訳したと解釈すれば、違和感はない。ちょっと驚くのは、ポジティブ
な感情は「幸福(楽しさ)」だけで、他の五つないし六つはネガティブな感情と
いう点だ。ああ、人間のポジティブとネガティブは、なんて非対称なんだろう。
いずれにせよ、恐怖=怖さ。人間は、怖いという感情を持つ。ちなみに、
恐怖に限らず、あらゆる感情の記憶はすべて大脳辺縁系に蓄えられている
といわれる。このため、大脳辺縁系は心の中心だという人もいるくらいだ。
 ・・もし人間に感情が無かったら、人間社会は、ロボットの集団、ないしは
アリの集団のように、ただ役割分担をし、ただ生きて死んでいくような、無機質
な社会だったに違いない。・・・シマウマの群がライオンに襲われたとき、
一匹が犠牲になる。それはお布施と同じで、一匹の命をライオンに提供している
のだという。あたかもお布施のように思えるシステムが、種と種の間の調和の
ために成り立っていることは、進化の当然の帰結だと言うべきだろう。・・
要するに、生物種は、個体の死へのセンチメンタルを超えたダイナミズムに
よって進化を遂げただけ。それだけのこと。≫ 
▼ 一人称の死は存在しない。死んだ瞬間、無になるからだ。あるのは二人称と
 三人称の死しかない。怖いというのも感情の一つなら、心=感情は幻想と理解
すれば、死は恐ろしくないはず。固体の死への感傷を超えたダイナミズムが猿から
 人間に進化させたのだ。一人称の私の死など、真面目に考えることはない、
ということ。死ねば幻想が抜けたゴミでしかない。逆に、夢幻こそ大事にすべき
といえる。小説、映画、ドラマ、コミックも作者の創作という幻想。だから面白い。
・・・・・・
4056, 個性など、どうでも良い。的を絞った意欲と根気だけ!
2012年05月03日(木)
 * どう騒いでも、われわれは集合体の一部なのだ     
         ー 「人生を励ます黄金の言葉」中野孝次著 より
≪ 結局のところ、なにをどうしてみたところで、われわれは集合体なのだ。
 なぜといって、純粋な意味で自分の所有だといえるものなぞわれわれはごく
わずしか持っっていないのだから。われわれはみな、先人からも同時代人からも
受け入れて学ばねばならないのだ。どんな偉大な天才でも、なにもかも自分の
内部にたよろうとしたら、大したことはできないだろう。(略)
要するに、自分の内に持っているか、他人から得るか、独力で活動するか、
他人の力によって活動するか、こんなことはみな愚問。大事なことは、大きな
意欲をもち、それをやりとげるだけの技能と根気をもつことだ。それ以外は
どうでもいいことなんだ。 ≫  エッカーマン『ゲーテとの対話』
▼ 我々は何らかの形で人類の蓄えられてきた文化遺産の一分野にいるのであって、
 それから一歩も出ることが出来ない、ということになる。一歩出たところで、
それも際の範疇でしかない。そう思えば、あくせくすることもない。そのことに

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05月03日(日)
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