ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5099,悪夢の21世紀 ー4
誤解されかねない? スポーツジムか、趣味の会で、誰かが突然、
「凄くプライベート・・」と前置きして、「貴方の趣味は何ですか?」と
聞いてきたら、〈よくぞ聞いてくれた(内語)〉と、勿体なぶった上に、
喜んで話すはず。 まず秘境ツアー、ブログ、週一のシネマ通い、そして
ポタリングに、酒の失敗談にと材料は幾らでもある・・ 
 とすると、ブログで毎日書いているのが実は、これ。だから見る方から
したら面白いのだろうが、結局は自慢話?それを知っているから、書く方も、
偽善より露悪、いや偽悪の内容になっていく。でも、それが自分の心の傷を
癒やす? ところで、凄くプライベートのことを質問してもよいですか?
・「あなたは、何ものですか?」
・「何で、ここにいるのですか?」
・「いま現在、充実してますか?」
・「自分の人生、肯定できますか?」
・「今の答えは、本当ですか?」     
 これを何度か、考えてみると、底の浅い自分の心が透視できる!
・・・・・・・
2003年03月02日(日)
 697, ルーツー2(縦人脈)
  ーその資料によると
 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって
富山から上越と逃れてきた。そして「上杉家の家来」になった。上杉謙信の
時代、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」という出城の
城主であった。謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、
小千谷の郊外の片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。
その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。
一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。その後、そこで百姓をして
いたようだ。ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、
関西ー富山ー新井ー小千谷ー長岡の流れがある。また、武士ー百姓ー商人と
いう流れも時代によって変わってきている。金沢にいた時(25歳)によく
いった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。
また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。その検査に富山に
行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」。その時入った食堂の電話帳で
堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。上越市も新井も
小千谷も本当に多いのだ。長岡は10あるかないかで、新潟市では数人だけ。
20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた。
車を止めて独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない
気持ちになった。何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ?という感覚で、
何かオーラに包まれたような気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」
に行った時に同じ気分になった事があった。そこで亡くなったある僧の墓を
訪ねた時だった。人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。
家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の
収穫だ。それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。
・・・・・・・・・
2002年03月02日(土)
347,心の陰
 人を指さしたとき、他の指は全て自分のほうを向いている。
人を非難するのは、結局自分の影を非難しているに過ぎないことをいっている。
「他者認識は不可知」という論がある。ー他人のそれを認識はできない、認識
したらもう他者のそれでなく自分のそれを認識しているに過ぎないー
これが理解できるかどうかで、「人生に背負っている人間関係の重荷」が
半分か三分の一に軽減する。特に「嫌いな人間」に対して「自己の嫌いな部分」
をみているにすぎないからである。自己脱皮のできない「子狐」どもを嫌って
いるのは、今でも脱皮できなかった自分の部分を見ている。
自分もその「子狐」で、少し程度がいいだけだからだ。
私の嫌いな「教養のないオバサン」結局教養のない現実志向も、
自分のある一面であるからだ
・・・・・・
3993, 閑話小題 
2012年03月01日(木)
  * ペットのインコ
 雀ぐらいの大きさのルリハインコのピーが我が家に来て一年あまりになる。 

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03月01日(日)
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