ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5045,生と死をめぐる断想  ー2
の耐病記』も出されている。「斯う居るも 皆骸骨ぞ 夕涼み」(一茶)の句が、
この本のテーマである。そして次から次へと繰り返される虚無思想。
・「誰しも認めたがらないことではあるが、おそらくわれわれ一人一人の
 人生が一種の無駄である。」とか。
・「我々には何十年という時間が与えられてしまっている。・・どうあがいて
 みたっって、逃れられない人生という檻のなかに?我々は産み落とされて
 しまったからには、檻の仕組みや外側がいかようであれ、にもかかわらず、
 その檻の中で 一舞いしてみせる?しかないではないか」
・「人生に、意味なんて無い。けど、何かに意味を見出さないと、人は生きて
 いけない。だから、自ら意味を作る。それはまるで、無神論者が祈る神の
 ようなものだ」とか。宇宙人?の視線である。
   ーここで「エゴ・トリップ」という幻想を紹介している。
【「わたしが生きようが死のうが大したことは、といった現実は非常に
 不愉快な現実である。たぶん、宇宙から見れば、一匹のゴキブリや一本の
松が生きたり死んだりするのと大して変わりない。この現実から逃れるために
人間は実にさまざまのことをしてきた。われわれの自我は、そのような酷薄な
現実に堪えられないようだ。それに堪えるため人間は自分の意味を膨らませる
ため、自分を誇大視するか、あるいは自分が属する何かを大層なものにするか、
に心をくだいた。・・自分の存在を「なにものでもない。」という実態から、
「なにものか」であるような幻想へと昇格させようという営みの全てを
エゴ・トリップという。自分を膨張させようとする、あえない試みである。
これは子供の背伸びから、青年の客気、男女の虚栄や見栄、年寄りのあがきに
至るまで、およそ人間の煩悩や業の全てに浸透している動機のひとつである。
宗教的な修行や脱俗ですら、それによって自分を特別なものに昇格させたい
という目論見が透けて見える。 】
 ー考えてみれば、われわれの生活の中で何らかの努力をもった営み全てが、
このエゴ・トリップと考えると、人生そのものがエゴ・トリップゲームになる。 
しかし、秘境ツアーで大自然の美しさや広大な姿に触れ、感動した経験を多く
持つ身にとって、それはエゴ・トリップとは違う、と思うが、どうだろうか。
 特別に昇格したいのでなく、対象に自分が溶け込んでしまう経験そのものが
良いからである。すべて夢の中 か〜 そして、すべてがエゴ・トリップ
でしかないのか? そう思うと気が楽になるが!
・・・・・・
4680, 偶然からチャンスを見つけだす能力
2014年01月06日(月)
 ー偶然からモノを見つけだす能力―「セレンディピティ」の活かし方
                          ー沢泉 重一(著)  
  * 人生は偶然を織りこむ絨毯づくり!  
 人生を振返ると、出会った人、出会った出来事が果たして偶然だったか、
必然だったのか、考えさせられる。偶然に機会を見出すためには、目指す夢と
目的が必要になる。そこに機会を見出すには素養と準備が前提だから。
その偶然からチャンスを見出す能力「セレンディピティ」は、イスラムの寓話
「セレンディップの三人の王子」が語源。ドラゴンを退治する巻物を探すため、
自慢の王子が送り出される旅の途中で、多くの危険と苦労を味わうが、
そのつど判断力を働かせ、それぞれ理想的な姫と知りあい、幸せに暮らした
という神話の原型が、そこにみてとれる。英和辞典には「当てにしなかった
ものを偶然うまく発見する才能」とある。 ー内容紹介とレビューからー
【 偶然のチャンスをいかに生かすか、見出す秘訣がここにある。
 世界的発見の多くは、"偶然の所産"であった。 古い寓話に由来する言葉
 は、偶然のチャンスを生かす力を指すキーワードとして、
 科学者や先端的ビジネスマンの間で高い関心をよびつつある。】
  ー読者プレビュー 
●【「セレンディピティ」は、狭い意味では「探していたものを、他を探して
 いるときに偶然に見つける能力」。この本ではより広く「偶然を見逃さずに

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01月06日(火)
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