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原案帳#20(since 1973-)
by 会津里花
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■オードリー / 「良い二日酔い」 他
「変わり者の父」。
これも似ている。
父は1910年生まれの人間としてはちょっと珍しく(まして片田舎のとりえもない町ではなおさら珍しく)
英語とフランス語がペラペラしゃべれる人だった。
うちにもよく国際電話がかかってきてびっくりしたものだった。
近所の人たちにはほとんど理解できない仕事をし、
(今でも「弁理士」というのがどういう仕事だかわからない人、たくさんいるでしょ?)
午後には着流しでお散歩する。
弁理士→日本弁理士会http://www.jpaa.or.jp/
このように複雑な家庭環境を抱えていた人というのは、第二次世界大戦後特に多かったのではないか。
だって、類型的な「家庭」像そのものまで崩壊してしまうほど、
戦争絡みの成り行きでさまざまなかたちの「家庭」ができたと思うから―主に家族の誰かが「いなくなった」ことで。
(だから、私は「日本人ならみなAC」と言ってはばからないのだ。
戦後の混乱期に、それでも「まともな家庭」を維持していた人たちでさえ、
まさにその「まともな家庭」にしがみつくことでむしろ典型的なACを紡いでいったのではないか。
ある掲示板で「あんたみたいな人間をACっていうんだよ」とか罵詈雑言に使われていたけど、
はっきり言ってその言葉に耐えられない怒りを感じる。私自身が言われたんじゃあないけどさ。
言い返したい。
「そういうあんたもたっぷりACじゃないか。
『AC』っていう言葉を差別語みたいにしか使えない無知をさらして、
そのほうがよっぽどみっともないとは思わないのか」と)
胸を張って「私はACで、もしかしたらボーダー」という私は、
そういう性格のせいか小さい頃から「演技がじょうず」だった。
小学校の頃、弟の前で15分くらいの間ずっと「サルのふり」をしていたら、
弟は私が「本当にサルになってしまった」のだと思って泣いた。
(それは今でも彼の心の中で恐怖の記憶となっているらしい。許せ弟!!)
演劇にせよ音楽にせよ、いつもの自分とは違った姿や音を身にまとって、
それで表現することで、自分の「本性」を「素」よりもずっと的確に人に伝えることができる。
そういえば、12年前に東京から郷里に帰ってきたとき、
「このまま就職(+結婚も?!)なんかしないで、半年ぐらい中途半端にアルバイトでもしながら
どこかの劇団(っていうか実はらせん劇場だったんだけど)に入って
オカマの役(←まじです!ウソじゃないよ!!)をやってみたいなあ」
と思ったものだった。
その思いは、本当のことを言えばかなり強かったのだけれど、
自分でも「あまりにも突飛」だと思って実行しなかったのだった。
「突飛だから実行しない」というのは、大人らしい考えだから本当は良いことなんだろうけれど、
実は私はそんなに大人じゃなかったのだった。
なんだか、あまり古いできごとのように思えて心配になり、調べてみた。
すると、『オードリー』の放送期間は「2000年10月〜2001年3月」だった。
(→朝の連続テレビ小説歴代タイトル&ヒロインhttp://www.asahi-net.or.jp/~BT6K-OGT/a/asadora.htm)
その途中の今年1月、母は息を引き取ったのだった。
まだ1年たっていないのだ。
でも、まるで本当に、古い、古いできごと……遠い、遠い昔のこと……
そんなふうに思えてしまう。
それほど、今年はいろんなことが起きたのだった。
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★2・「良い二日酔い」
昨日、お芝居の打ち上げで、自分としてはかなり飲んでしまっていた。
でも、だって、
・ばらし(撤収)を手伝った……なんか、ほとんど3年ぶりくらいにまともに体を動かした!
 →すっごく疲れた+けれどなんだかとても気持ちよかった
・お芝居そのものを、(昨日書いたように)2回続けて見れた、
 それもある意味「憧れの」らせん劇場のお芝居だった!
 →飲む前から興奮していた
・一緒に飲んだ劇団員のみなさんが、とても気さくでいい人ばっかりだった!
……というような理由があって、気が付いたらビールをコップに2杯か3杯、

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12月25日(火)
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