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by DIARY
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■今月の参禅−25
私たちは、誰しも幸せを求めて生きています。
人間であれば当然のことでしょう。
しかし、現実は不平不満と漠然とした不安の中に漂っているように感じています。

このんで愛語すべし

「菩提薩★」とは、菩薩のことです。
菩薩とは、悟りを求めながら、あえて自らの悟りを求めず修行を続ける者であり、他の人を救い、自分のことを忘れて他の人を先に 渡[わた]す(悟りを得る・救う)者です。

「四摂法」とは「四つの(他の人を摂[たす]ける(助ける・救う)実践徳目」です。
それは、「布施・愛語・利行・同事」です。
布施とは、他の人に自分の財力・能力を分け与えること、愛語とは、他の人に慈しみの心・愛情からの言葉をかけること、利行とは、他の人を利する相手を助ける行為、同事とは、他の人と歩みを共にすることです。

お釈迦様が示された教えの中には、自分自身の修行と同じように、常に相手に対して、どのように接し共に生きていくかということが示されているのです。

標題は、愛語についての心得を述べたものです。ここには「現在の私自身の命がある間、つまり自分が生きている間は、このんで(心がけていつも)、多くの人に、慈しみの心のある、愛情に満ちた言葉をかけるようにしましょう。
何度生まれ変わっても、決して、そ の誓願(誓いと願い)が、退転(精進を怠ること)しないように、愛語を第一として生きていきていきましょう」と、示されています。

つまり、「このんで愛語すべし」ということを常に誓い、実践していこうということです。

愛語によって、人生がかわる

あるお寺の檀信徒に、Yさんという方がおりました。
物静かで、情のこまやかな温かい心の方でした。
さまざまな人生の体験が醸成され、穏やかな笑みをいつも忘れない人でした。四摂法の教えを晩年自分の生きる指針とされていました。

「方丈さん、愛語の教えが本当にありがたいです。私は父を早くに亡くして体も弱く心もくじけていたのですが、父の弟である叔父が『お前は何でもできる、頑張れ』と、終生励ましてくれました。
叔父に『何でもできる』と言われると不思議と力がみなぎりました。愛情のこもった言葉の力は本当にすごいですね。愛語は人生を良き方向に変えてくれました。
叔父の愛語で生かされた恩を、私もみんなに返さなくてはならないと思っております。
今つくづく思うのです。人はお互いに相手を思いあうことに本当の幸せがあるのだ、と。」

かけあう言葉を愛語に

同じ息を吸っても、出てくる言葉は人それぞれ違うものです。人間の究極の幸せは、お互いを思いあうところにあります。
「わたし」の中に「自分」と「自分の欲望」だけしか住んでいないと、淋しいものになります。

そして大切なことは、他人の愛語を期待するのではなく、自分から愛語をかけていくことです。

お互いにあたたかい心を生み出す、愛語をかけあう毎日になりたいものです。

by総持寺参禅寮
10月15日(木)
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