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★予防と審美専門★【小林歯科クリニック】
by DIARY
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■今月の参禅−24
「見返りは求めない」
寺の本堂には、果物がお供えしてあります。
生ものですので、古くなったら新しい果物と取り替えます。
今まで、古くなった果物の扱いに頭を痛めておりましたが、それを輪切りにして小鳥に施すことを思いつきました。
中庭にえさ台を設置して、果物を置いておくと、小鳥たちが食べにきます。
野生ですので、こちらの姿を見ると大急ぎで逃げてしまいます。
「そんなに慌てなくても危害を加えるつもりは無いよ」「この果物を設置したのは、私ですよ」と説明しても、小鳥たちは鬼にでも出会ったように、大声を上げて大急ぎで逃げてしまいます。
そんなに邪見にしなくてもと思うのですが・・・。
そもそも小鳥の恩返しを期待してえさ台を設置したのではありません。
古くなった果物の有効利用をしたのですから、こちらの思うように小鳥が反応しないと、文句を言っても詮の無いことです。
善き事を思いついて実行したとしても、ともすれば、周りの都合の良い反応を期待してしまいます。
最初の行為は純粋なものでしたが、途中から『みかえり』を期待してしまいます。反応が期待はずれだと、腹を立てて文句を言ってしまうのです。途中で腹を立ててしまうのならば、初めから実行しなければよいのですが・・・。
どうやら、みかえりを求めるから、腹が立つようです。

「仏の願い」
薩★(さった)とは、菩薩様のことです。
菩薩様の願いとは、人々を仏の道に導くことです。平等に私達を優しく導いてくださいます。
その願いからの行いこそが、「菩薩様の行願」です。
「菩薩様の行願」には、四種類の実践方法(四枚の般若)があります。
一つには布施[ふせ](分かちあうこと)
二つには愛語[あいご](おもいやりの言葉)
三つには利行[りぎょう](他人のために尽くす)
四つには同事[どうじ](相手と同じ立場に立つ)
この四種類の実践方法がある事を知り、「ありがたいことだな、素晴らしいことだな」と、素直に受け取ることが出来たならば、今度は私たちが、これらを実践しなければなりません。
それは、見返りを求めない、一条の願いに基づいた歩みであります。

「教えの実践」
それにしても小鳥たちは「お寺の中庭に果物が置いてある」という情報をどの様に手に入れるのか、不思議に思っていました。
先日、親鳥が子供をつれてえさ台に来ていました。
お寺の中庭に果物があるとの情報は、親が子供に教えていたのです。
それも体験を通して教えていたのです。
体験を通しての情報は、生涯忘れられないでしょう。
私達も幸せになる「四種類の実践方法」を知っているだけでは、足元は変化しません。小鳥が体験を通して、えさ台の存在を学ぶように、私達も仏の教えの実践が大切です。たとえ思い通りにいかなくとも、たとえ困難に出会ったとしても、その時その場において、実践を心掛けましょう。
お寺では、今日も多くの小鳥が入れ替わり立ち代り、果物をつついています。

by総持寺参禅寮
09月18日(金)
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