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俺色アストリンゼン
by 田荘わや
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■にいさん、あっぱれの巻
 手術をやめてほしいのには、わけがあった。入院後、ネットのできないにいさんから、同じように骨折をした人の体験談などを探してプリントアウトしてほしいと頼まれ、私も気になっていたのであれこれ調べて読んでいたのだが、そこにあったのは手術直後の地獄の苦しみが綴られた生々しい描写の数々だった。
 麻酔が覚めてからのあまりの激痛に、痛み止めの座薬を入れても、注射を打っても全く効かず、夜通し眠れずのたうち回ったとか……。加えて、本人は全く悪くないのに、手術時に入り込んだ菌のせいで院内感染を恐れて隔離された挙句、補助具なしでは歩けない身体になった人や、果ては骨折の手術が原因で不幸にも亡くなった人などもいることを知ったのだからたまらない。たちまち不安でいっぱいになったが、手術前のにいさんにそんなことを話せるわけもなかった。次から次へと襲ってくるネガティヴな想像をひたすら手なずけつつ、迎えた当日だった。


 仕事が終わり、病院に直行する。手術は夕方4時に始まることになっていた。
 私が着く頃には終わっているはずだったのに、病室に入ると、ベッドごとからっぽになったままだった。心細さにいたたまれずナースステーションに駆け込む。まだ手術中です、と言われる。
 しばらくして、にいさんを乗せたベッドが運ばれてきた。うっすら開いた目が私を認めたのがわかった。麻酔からは覚めていたようだった。
 執刀した先生から、患部のレントゲン写真を見せられ、説明を受ける。ここに、こう横に3本、ボルトが入っていますから。
 私はもう、ただ泣けて泣けて、ひたすら「ありがとうございます」と繰り返し、ぼたぼた涙をこぼしながら頭を下げるばかりだった。きっと先生は骨折ごときで大げさなと思ったに違いない。
 先生が出て行ったあと、口許に酸素マスクを当てられてぐったり横たわるにいさんの手を握って、よかったねにいさん、がんばったね、と何度も声をかけた。それが精いっぱいだった。だからその直後、にいさんの口から出た言葉に、私は耳を疑った。


「漏れは大丈夫だよ。わやたそ、今日も可愛いねえ。素晴らしいよ。
 まったく……なーんでこんなに可愛いんだろうなあ。ねえ、何で……?」


 こんな時でさえ条件反射を発動させてしまうとは。あぜんとし、ほどなく私は降参した。
 負けた、こいつは本物だ。何のかはわからないがとにかく、筋金入りの何かであることだけは確かだ。


 そして私は、何のでも構わない、本物がすきなのだ。バカでも、何でも。


****************

 おかげさまでにいさんのその後の経過は至って順調で、今週末の診察ではようやく、怪我した方の脚に体重の半分をかけてもいいという許可が出たそうだ。
 今日は職場近くにとっている宿から都内の自宅に一時帰宅したのだが、その際もあえて付き添わず、ひとりで帰ってもらった。心配したが、無事家に着いたと連絡があって今安心しているところ。
 怪我する以前のようなデートはまだ当分無理、今は駅に向かう途中のファミレスで食事するぐらいで御の字といったところなのだが、それでもにいさんと一緒にいられればそれだけで楽しい。今日など真っ昼間のジョナサンで
「わやたそは本当に可愛いね」
と言ったきり、勝手に感極まってしくしく泣き出すので困ってしまった。
 やっぱりにいさんは色んな意味で本物だと思う。何のかはわからない。そのうち霧が晴れるように、すこんとわかればいいなと思っている。

10月18日(土)
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