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せきねしんいちの観劇&稽古日記
by せきねしんいち
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■富士見丘小学校演劇授業
 5時過ぎにめざめて、樺澤氏からのメールと留守電の確認。今日のフライヤーの入稿関連のあれこれ。あちゃー。ばたばたとメールを送る。
 そのまま起きてしまい、今日は朝から、富士見丘小学校の授業。
 永井愛さんによる「場をつくる」。
 今日は、午前中の3、4時間目が2組、午後の5、6時間目が1組。1組の授業は全校の先生方も見学。
 まずは1組から。はじめに僕と篠原さんでウォームアップ。
 つづいて、まずは「場をつくる」エチュード。1人が出ていって、自分なりにここがどこかを決めてそこにいる。次々やってくる人たちは、自分なりにここがどこかを考えてそこにいつづけて、5人目の人が、「ここは○○」と宣言。そうすると、微妙にずれのある5人は力をあわせて、一つの場面をつくる。それまでは、無言で一人一人ばらばらだったのが、ここがどこかが決まってからはその場面でのやりとりがはじまる。僕だったらどうするんだろうと考えてしまう、なかなかむずかしいエチュードだ。
 子供たちは、やや戸惑いながらも、それぞれの場面をつくっていた。
 イスをならべておいていたので、どうしても座って読書というパターンが多くなってしまい、なかなか動きだしていかないのが、子ども達なりのおさまりかたのように思われた。
 つづいて、「エレベーター」。去年、一昨年の6年生の発表でも見ているので、子ども達にはおなじみの課題。見ず知らずの人たちが乗り合わせたエレベーターが止まってしまう。さあ、どうしよう?というもの。
 途中から、大人を演じないで、6年生でいいということになって、ずいぶんのびのびしたかんじになった。
 さっきの「場を作る」よりも、みんなその場にいることに抵抗がなくなっている気がした。ウケるために何かをするんでなく、ただそこにいるということ、人の反応を見て、話を聞いていることがきっちりできていることに感動する。
 だんだん顔と名前が一致してきた子ども達、一人一人のキャラクターが見えてきた。
 最後に、やりたい人が何人でも出ていいということになったら、ほんとに全員が舞台に集まった。
 エレベーターに乗り切らないので、半分は、エレベーターの前で待っている人たち。それぞれが、いろんなことをしていて、おかしかった。混雑したエレベーターのなかで痴漢騒ぎが起こったり、中と外とで携帯のやりとりがあったり。ただ、だまってようすを見守っている子の生き生きとした表情、大騒ぎから少しはなれて、「今ね、エレベーターが止まっちゃって……」と家に電話をしている子もいた。
 あとで担任の阿部先生に聞いたところ、ふだんは仲間をリードするようなキャラではない子が何人も場面をひっぱっていたそうだ。
 子ども達は、そんな子のいつもとは違う姿におそらくはびっくりしながら、知らなかった一面が見れたことを、素直におもしろがっているんじゃないだろうか。
 印象的な何人もの子供たちの名前が、あたまに入ってきた。面白い、ユニークな子がいっぱいだ。
 給食をはさんで、午後は2組の授業。
 1組よりも動きが多い、ある意味、のびのびした子が多いのが印象的。
 はじめの「場をつくる」エチュードも、レストランやボーリング場、ディスコなど、動きのあるものが多い。
 見学の先生方が大勢いるというのも、がんばりに拍車をかけているのかもしれない。
 続いての「エレベーター」は、知らない人どうしであるということがとてもきっちりおさえられていてびっくりする。永井さんも言っていたように「お互いに敬語で話せている」というのがすごい。初めて会う人は、相手に自分の気持ちをちゃんと伝えようとしなくてはいけない。なれあいの友達の軽いおしゃべりとは違って。
 子ども達は、まるでそのままセリフになるようなやりとりを積み重ねて、場面をつくっていっていた。
 印象的だったのは、キャラクターを作り込んでいる子が何人もいたこと。秋葉系のアイドルオタクの子、下のトラックに工具を置いてきた大工、なんだか大きな荷物を持っている人、実はFBIでピストルを持ち歩いている男。
 最初に「独り言」を言ってから登場という設定が、実によく生きたと思う。

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06月07日(水)
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