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せきねしんいちの観劇&稽古日記
by せきねしんいち
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■富士見丘小学校演劇授業 「光速マシーンに乗って」本番
この微妙な段取りを二人はみごとに演じてくれた。そして、歩に追いつくと「キャン」と鳴く。振り返った歩は、「かわいい犬。お前、捨て犬? うち、今、お母さんがいないから飼えないんだ。ごめんね」と歩き出す。また「キャウーン」と鳴くチョコ。歩は「おいで、名前なんていうの? チビ? ポチ? 茶色いからココアかな? チョコ?」「キャン!」「チョコ! はじめまして、私は歩。一緒に行こう!」「キャン!」
この場面は、ラストをどうしようかと考えているときに長崎先生から提案してもらったアイデアをもとにしている。記憶から消えたまんまじゃ哀しいし、こういう再会って「韓流ドラマ」によくあると。
そうしてできあがった、この芝居のラストは、名場面だと思う。チョコ役の二人も、歩役のスギヤマさんもとてもすばらしかった。
そして、最後に全員で歌う歌「毎日が大切な思い出」。劇中、どの思い出が一番大切かを話しあった子どもたちは、思い出に一番も二番もない。毎日は思い出のかたまりだと気がつき、「毎日が大切な思い出」という歌を歌う。この考え(思想)も子どもたちの作文からもらったものだ。
僕たちは、台本を書く中で、「あなたの一番大切な思い出を教えてください」と作文の宿題をお願いした。届いた作文には、すばらしい思い出がたくさんあって、その中のいくつかをそのまま、また何人かの思い出をつなぎあわせて、芝居にとりいれた。そして、何人もが書いてくれた「思い出に一番も二番もない」「毎日が大切な思い出だと思う」というのもそのまま使わせてもらった。歌の歌詞も子どもたちにこの場面をもとに書いてもらったモノに手をくわえてできあがっている。
大人が思いついて、「こういうことだから歌ってね」と渡したものだったら、この歌はこんなに胸に迫るものにならなかったと思う。その微妙さ、ほんの小さなことだけれど、この違いを丹念につむいでいくことが、僕たち、大人の演劇人がやらなければいけないことだと思う。
歌い終わって、星空を残しての暗転。大きな拍手をいただいた。
視聴覚室で振り返りをして子どもたちは下校。
講師陣も一言ずつ感想を言わせてもらった。子どもたちはみんなとてもいい顔をしていた。一人残らず。ちなみに今日は欠席の子は一人もいなかった。全員で、ほんとに全員で力を合わせて舞台をつくりあげた。
僕はこんなことを言わせてもらった。「お疲れさまでした。すばらしい舞台でした。台詞はみんな聞こえていましたし、ちゃんと届いていたと思います。みなさんの伝えようという思いが伝わってきた舞台でした。今、みんながとてもいい顔をしているのがほんとうにうれしいです。演劇というのは、一人ではできないことを大勢で力をあわせてつくりあげるものです。今日は、みなさん全員が一人一人がんばって、力を合わせて舞台をつくりあげました。出演者もスタッフも先生方も僕たち講師もそして観客のみなさんもみんなでつくりあげた今日の舞台です。今、みなさんが心の中で感じていることが、芝居をつくりあげることのよろこびです。僕たちは、その気持ちをずっと味わっていたくて、演劇を続けています。」
解散して、そのまま体育館のシンポジウムへ。青井さん、健翔さん、里紗ちゃん、にいやん、平田さんと一緒に、後方のマットや平均台に座ってお話をうかがう。
去年、総合的な学習の時間についてお話をしてくださった嶋野先生。僕は、先生方と一緒にそのお話をうかがって、演劇授業のあり方について考えるきっかけをたくさんいただいた。富士見丘小学校で通年で行っている、「対話・会話」の授業の栗岩先生。PTA会長の木村さん。そして、長崎先生と篠原さん。司会は、学校評議員でもあり文化庁国語調査官の鈴木仁也さん。
心に残る、そしてうれしい、また大切なお話をたくさんうかがった。中でも、木村さんが、2、3年生のご自身のお子さんたちに「六年生になったら演劇やりたい? ずいぶん大変みたいよ?」と聞いたところ、「やりたい」と言っていたというお話がとてもとてもうれしかった。
シンポジウムを聞いていた大勢の保護者の方、そして発表を見に来てくださったみなさんが、最後までずっと残ってくださっていたこともうれしく、ありがたかった。
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01月19日(金)
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