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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■ブータン国王から知性と品格を民主党議員は学ぶべき。
ブータン - Wikipedia

日本との関係 [編集]

1964年当時のブータンの農業の収穫は非常に少ないもので、状況を改善すべく、
海外技術協力事業団(現・国際協力機構)は農業技術者として西岡京治を派遣、
翌年の1965年にはたくさんの収穫を得た。
その後もブータン農業の改善に尽くした西岡は、
1980年に、国王から「ダショー(最高の人)」の称号を授与され、
1992年に没するまでブータンで仕事を続けた。

1986年の外交関係樹立以来、日本とブータンの関係は、
皇室・王室間の交流、経済協力等を通じて友好関係にある。
また、日本人とブータン人は、外見が非常に良く似ているとされる。
ブータンは大の親日国として知られ、その為、国際機関での選挙・決議等において
常に日本を支持する重要な支援国でもある
(安保理改革に関するG4枠組み決議案の共同提案国、国連人権委員会等)[7]。

1988年以降、青年海外協力隊が派遣されている。

1989年2月24日、34歳のジグミ・シンゲ・ワンチュク国王が、
昭和天皇の大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で数人の供を連れて来日した。
他の国の首脳の多くが日本から経済的な協力を得るために、
葬儀の前後に日本政府首脳と会談する弔問外交を行うなかで、
ブータン国王はこうした弔問外交を行わず、大喪の礼に出席して帰国した。
新聞記者が理由を尋ねると、
国王は、「日本国天皇への弔意を示しに来たのであって、
日本に金を無心しに来たのではありません」と答えた。
[要出典]また、同年には1ヶ月間も喪に服した。[要出典]

2008年4月10日、日本サッカー協会はサッカーブータン代表監督として行徳浩二を派遣すると発表した。
アジア各国・地域へ指導者らを派遣する貢献事業の一環で、ブータン協会から要請を受けた。
契約期間は2009年1月末まで。2010年10月からは行徳に代わって松山博明が監督に就任した。

2011年3月12日 東日本大震災の翌日に国王主催の「供養祭」が挙行され、
18日には義援金100万ドルが、日本に贈られた。

ブータン国王が国会演説で礼賛「日本は震災に心の強さで対処した」(産経新聞 11月17日)

国賓として来日中のブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王(31)は
17日昼、衆院本会議場で演説を行った。

 国王はブータンの民族衣装で壇上に立ち、東日本大震災について
「大混乱と悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民は最悪の状況下でさえ、
静かな尊厳、自信、規律、心の強さをもって対処された」と述べた。

 また「日本は歴史を通じてあらゆる逆境から繰り返し立ち直った」と日本をたたえた。

 美しい容姿で注目を集めているジェツン・ペマ王妃(21)も臨席した。
衆院本会議場は衆参両院議員でほぼ埋め尽くされた。

ブータン国王の演説動画です。

【ニコニコ動画】11/17 ブータン王国国王ジグミ・ケサル陛下及び同王妃陛下(国賓)歓迎会



「国民総”幸福”量」を重んじるブータン国王が国会で演説 全文(ガジェット通信 11月17日)


心洗われる感動的な演説なので、ぜひとも聴いてほしいです。

これこそが、本当の「友愛」の精神だと感じます。

鳩山の言うような上辺だけの友愛ではありません。

人柄もその発するお言葉の1つひとつから滲みでいるように、

久しぶりに人の上に立つ器を持った人を見てしまうと、

鳩山から続く総理大臣のダメぶりが際立ってしまいますし、

民主党政権になってからの政治の腐敗が進んでいることを嘆くばかりです…。

(枝野氏なんて15日の委員会の質疑で「内閣は法律は守らなくていいと」言ってのけたのですから、

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11月17日(木)
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