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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■感動をありがとう。
オリンピックを含めて海外の試合で日本人選手が活躍すると、
街頭インタビューを受けた一般人が、
「感動をありがとう。」という表現を使っているのをよく見かけます。
感動したことに対して感謝するのは自由ですが、
とてもヘンだと思ってしまいます。
私も、試合を観ていて、選手の健闘ぶりや、
選手が口にした言葉に感動することが多いですが、
「ありがとう」という感謝の気持ちは沸き起こってきません。
なぜなら、当然のことながら選手は自分のために戦っているのであり、
私のために試合に参加しているわけではないからです。
アーティストのコンサートを観に行って、
事務所やスタッフの御好意で楽屋へ招かれることがありますが、
先ほどまで素晴らしいライヴパフォーマンスを見せたアーティストに、
感想の一つとして「感動しました」と言っても、
「感動をありがとうございました。」とは言いません。
なぜなら、当然のことながら私一人だけのために歌ってくれたり、
演奏してくれているわけではないからです。
それに、スポーツ選手もアーティストも
感動は結果に対して付随してくるものなので、
最初から感動をさせて感謝してもらおうという気持ちで、
取り組んでいるわけでもないと感じます。
ただ、感謝するという行為は大切なことなので、
どちらかと言えば「感動をありがとう」よりも、
「素晴らしいものを見せていただき感謝しています」のほうが、
正しい表現だと思うのですが。
まだ一般人が「感動をありがとう」と言ってしまうことは良いにしても、
オリンピックを伝える大手既成メディアや、商品の広告、
そして政治家までが「感動をありがとう」と言ってしまうのは、
まるで感動に飢えていたり、
感動の押し売りと安売りのようであり、
最高のパフォーマンスを見せたスポーツ選手に対して、
言葉で伝える仕事をする者が「感動をありがとう」では、
あまりにも心がこもっていないように感じるので、
何か違和感を抱いてしまいます。
「感動をありがとう」と聞くたび、
こう思ってしまう私は捻くれているのでしょうか。

08月15日(金)
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