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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■羽生選手の怪我からの演技を美談にするだけでいいのか?
羽生選手は、医師の管理下にあったと考えられるため、
それでも「受傷後最低24時間」は安静にすべきだったということになる。

羽生選手の側には、本番をこなさなければならない事情もあるだろう。
ファンの声に応えたい気持ちもあっただろう。
そのことは個別の問題として置いておくとしても、どうしても気がかりなことがある。
それは、脳震盪に対する関心の低さと、脳震盪(の疑い)を乗り越える姿が
美談化される日本のスポーツ文化である。日本のスポーツ文化は、根性で危機を乗り越える場面を、
拍手でもってたたえる。そこには感動の涙が溢れている。

脳震盪の可能性が疑われるのであれば、どうか今回の出来事を機に、考え直してほしい。
そうした「拍手」や「感動」は、選手の生命をむしろ危機に追いやる可能性があるのだということを。


【鈴木明子の目】羽生に無理してほしくなかった(スポーツ報知 11月9日)

フィギュアスケート GPシリーズ第3戦・中国杯最終日(8日・上海)

 6分間練習の際、選手は集中していて、あの衝突は、どちらが悪いということはありません。
棄権すると思いましたが、2人とも出場したのは信じられませんでした。

 羽生選手の周囲は止めたと思いますが、最終的には本人の決断でしょう。
気持ちが強いとは思いましたが、2人とも若く才能、素質がある選手。
この試合がゴールではないので、選手生命を考えると無理してほしくなかった。
私自身、体を壊して滑れない時期がありました。
だからこそ、スポーツは健康な体があってこそだと思うのです。


昨日の衝突シーンから本番で演技する一連の流れに、

テレビの実況アナなどメディアは「感動した」と盛り上がっていましたが、

私は顔色の悪さとふらふらした羽生選手の姿に心配の気持ちが強く

感動なんて気持ちは湧き上がりませんでした。

そして、これは周囲の大人が強引に止めるべきだったのではないかとも感じました。

治療を終えて練習に出てきた羽生選手は顔色が明らかに悪く、

これは演技ができる、いや、していいレベルではないだろうと、

きっと棄権を選ぶのだと思っていたのですが、

羽生選手としては演技をするという意思が強く棄権する選択肢は選ばなかった、

そしてふらふらながらも4分もの時間を滑りきった、

その意思と頑張りに感動する人が居てもいいと思いますが、

これを大々的に美談にしてしまうのはちょっと待てよという気持ちが強いです。

これを美談にするのは、高校野球の連投や猛暑の中での試合を

美談にしてしまうことぐらいの気持ち悪さがあります。

事故などによって大きな怪我をしたりと突発的なショックの大きい出来事に遭遇したときに、

人間の脳内では大量にアドレナリンなどが放出され一種の興奮や覚醒状態になります。

羽生選手はアスリートでもあり人並み外れた集中力や闘争心もそこに加わっているわけですから

冷静な判断が出来なくなって一種のハイ状態でもあったと思うので、

本人は「大丈夫」と感じていたと思いますが、

時速25キロほどのスピードで衝突し勢いよく転倒し氷のリンクに叩きつけられたことで、

出血のような目に見える怪我以外にも肉体的ダメージは相当なものだったことでしょう。

そして、多くの人がテレビを見て心配した脳震盪の疑いも強いのですから、

回転したりジャンプして着地したときの衝撃や

転倒したときの脳への衝撃を考えれば、

脳震盪による後遺症の恐ろしさもあるのですから、

彼はまだ若く今後の選手として活躍できる時間の長さを考慮して、

本人の意思を尊重せずに周囲の大人達が、

今回は無理やりに止めるべきだったのではないかと思うわけです。

また、羽生選手を棄権させず演技をさせたことで、


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11月09日(日)
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