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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■神戸にはルミナリエがあるでしょ。
 政治の初動は遅れ、救援はボランティアまかせ。
おまけに、3月20日に東京で地下鉄サリン事件が起きると、
神戸は、東京のマスコミの視界から、テレビからも、新聞からも、きれいに消えた。
だから、あれから一年、復興は遅々として進まなかった。
震災の被害だけでなく、地権などの問題から、
神戸には、放置されたままの暗闇が多く残されたままだった。
それでも、神戸は、95年の12月15日(プレは12日)の週末からクリスマスまで、
わずか11日間のイベントとして「神戸ルミナリエ」を開いた。
そこに現れた、あのまばゆさは、かつての神戸の輝きを思い出させた。
それは電飾が作りだした一時の幻にすぎない。
だが、その光は、打ちひしがれた人々に、勇気と希望を与えた。


 一方、鎮魂を騙り、半殺しの生木を担いで地元のルミナリエに背乗りするような今回の一件は、
あの日の痛みを思い出させてしまった。
倒れた大木によじ登ってポーズを取り、広告代理店とグルになって企画をゴリ押しし、
演出された「感動」で、はしゃぎ騒ぐ姿は、傲慢で横柄なあの日の東京のマスコミそのものだ。
鎮魂どころか、ようやく癒えた傷口にナイフを突き立て、
心臓の中まで掻き回し、被災者を、そして、死者たちを冒涜する。

 6434名(内閣府集計)。そのうち、9割は、15分以内の「即死」だった、とされた。
しかし、15分だ。声を挙げ、助けを呼び、息絶えるには、あまりにも長い。
そして、残りの1割、403名は、あの瓦礫の下で生殺しにされ、生きながら赤い炎で焼かれた。
でも、あのとき、我々は、なにもできなかった。
そして、逃げた。だから、もう繰り返したくないのだ。

 あの日の悔しさと罪悪感、東京のマスコミへの怒りの封印を、あの木は再びこじ開けてしまった。
やつらは、木なんて、どうせ切られるものだ、と言う。
それは、人なんて、どうせ死ぬものだ、と言うのと同じ。
他人の不幸、よその災害をネタに騒ぐ東京のマスコミ、震災を忘れた東京の人々の本音。
しかし、たとえ切られ、たとえ死ぬとしても、そこには命を終える尊厳がある。
生き残った者には、死んだ家族、隣人、友人の尊厳を守る意地がある。

 「神戸ルミナリエ」でさえ、もう止めよう、との声がある。
それは震災を忘れたからではない。あのまばゆい光、多くの観光客こそが、
人々の記憶から震災を忘れさせてしまうのではないか、と恐れているのだ。
すでに神戸は復興を遂げ、有り余る光に溢れている。
だが、それは、いつかまた失われるかもしれない。

(中略)

 あの日、テレビが消え、新聞も無くなり、壊れた家の木々を焚いて暖をとった闇の中で、
ようやく目の前にいたホンモノの家族の、隣人の、友人の目を見た。
だが、その目の先にあった多くの目は、失ってしまった後の影でしかなかった。

 あの日を忘れないためには、ライトアップも集客イベントもいらない。
あの日、失った家族や隣人、友人を、そして、いま、ほんとうに大切な人、
大切なものを思い出すために、ヤラセだらけのテレビを消し、
広告だらけの新聞も閉じて、目の前の人と、近所の人と、
きちんと目を見て、あの日のことを静かに話そう。
そして、街中の明かりを消し、あの日に見た、月と星しかない夜空を黙って見上げよう。
いつかまた、我々は、ともに手を握って、災害に立ち向かわなければならないのだから。

この記事を読んでいたら震災当日や翌日のことなど

1995年のことを生々しく思い出してしまいました。

巨大ツリーイベントが阪神淡路大震災の被災者や死者を冒涜しているとまでは思えないものの、

あの巨大ツリーを鎮魂イベントとしていることには

神戸市民の私も納得していないものがあります。

だって、あの企画はそもそも今年が神戸港開港150周年で、

それに関連したいろいろなイベントが行われた1年の

ラストを飾る目玉企画としてスタートしたものというのは

神戸市民のほとんどが薄々感じ取っていることなので、

それを「阪神淡路大震災の鎮魂です。」と言われても、


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12月15日(金)
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