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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■作品の批評を言論弾圧とするほうがどうかしていると思う。
「今ならバッシングの嵐でしょう。いつの間にか息苦しくなって、
くだらないことができなくなった」。
振り返ると、ばかをやって笑ってもらえた頃の方が、社会はまともだったと思う。
「今、世の中の物差しはおかしくなっていると思いますよ。
政治家は公約を守らないし、公約にないことをやろうとする。それが許されているのですから」
ラジオを通して笑いを届けることにこだわってきたが、
東日本大震災、東京電力福島第1原発事故では「常にリスナーの側に立つ」という姿勢を貫いた。
政府や東電の「公式発表」に疑念が拭えず、
担当したニュース番組では自分が信じた情報だけを伝えた。
事故直後から「炉心溶融(メルトダウン)の恐れ」を指摘する識者コメントを紹介し、
反原発ソングも流した。後になって、メルトダウンを巡る当時の「うそ」が
次々と明らかになるのを見て、あの時の行動は「放送人」として
大きく間違ってはいなかった、と感じている。
だから、こう確信している。「変だと思ったら声を上げる。遠慮することはない。
今の日本人は、人と違うことを言って目立つことへの恐れみたいな感情を持ち過ぎです。
社会がそうなんですから、子どものいじめがなくならないのも、
むべなるかなと思いますよ。それでは未来を切り開けないと思うなあ」
権力に逆らう人をたたくのは、立場が逆転すれば自らの首を絞めることにもなると指摘する。
「沖縄の米軍基地建設への反対運動や、原発事故の被害者をバッシングする人たちは、
きっと基地も原発事故も人ごとだと思っているのでしょう。
でも、バッシングする側の人たちだって、いつ基地や原発の被害者になるか分からない。
『いくら少数者や弱者をたたいても、
権力はあなた方を守ってはくれませんよ』と。それを伝えたいですね」
自身がバッシングの的になっても、嘆きこそすれ、声高に反撃する言葉を発しない。
なぜなのか。「だって批判してくる人も同類だと思ってますから。
先月『世界の富豪のうち上位8人の資産が、世界人口の下位半分、
約36億人分の資産に相当する』というニュースがありましたよね。
大きな目で見れば、結局、僕らはお金も権力もない同類。
仲間同士でなぜ争わなくてはいけないのって。富の偏りは政治の責任。
むしろみんなで、仕事をしない政治家の責任を追及すべきですよ」
そんな思いで筆を執った最新作を今月3日、ホームページで発表した。
半分に割った地球と8人の富豪が、てんびんにつり下げられている、風刺画だ。
簡単には、萎縮しない人なのである。
これ映画のヒット作を並べて描いただけなので風刺画としても
ユーモアもなく面白くないんですよね。
こう言っちゃなんですけど自惚れがあるだけで社会に一石も投じてない。
それで酷評されたら「まるで戦時中のよう」とかバカじゃないのって思います。
風刺は批判も酷評も覚悟のうえでやるべきものなのに、
吉田照美さんにその覚悟がないから酷評されたら
「権力に逆らえない世の中」とか「物言えぬ空気」とか「戦時中のようだ」とか
作品の批評で評価されない声だけを取り上げて
言論弾圧に摩り替えて封じ込めようとするほうが姑息で、
どっちが物言えぬ空気を作っているのかと思いますよ。
自分の描いたものが批評の対象になるのが嫌なら
ネットにも載せないで自分だけ眺めて自画自賛するだけにしておくべきでしょう。
しかし、この吉田照美さんの思考って左派特有ですよね。
ラジオでも立場を利用した不安煽りで放射能デマをしゃべりまくりだし、
自分たちが批判するのはいいが批判されるのは許さない。
自分達の発言や作品は賛同しか許さず
不特定多数が見られる場に発表したことで、
発言や作品が批判されたら「言論弾圧」「物言えぬ空気が」とか言って
相手を攻め自分を守ろうとする。
みんなネットによって自由に物言える社会になったからこそ、
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02月10日(金)
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