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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■被害者の取材で朝日新聞だけが批判されているが・・・
 同社はこれを受け、手記の全文を朝刊に掲載。
石合力(いしあいつとむ)・国際報道部長名で、
「記者には大声を出したつもりはありませんでした」と釈明し、
「当事者への取材にあたっては、十分な配慮をしながら、丁寧な取材をこころがけたい」とした。

被害女性が手記「まさか発砲するとは」 チュニジア襲撃(朝日新聞 3月22日)

■結城法子さんの手記全文(原文ママ)

 日本の皆様には多大なる御迷惑・御心配をおかけしていることと思います。
申し訳ありません、そしてありがとうございます。
事件後、ネットやTVを見ることができず、あそこで何が起きたのか、
どのような報道がされているのか、全くわかっていません。
今はとても人前に出られる状態ではありませんので、文章で失礼させて頂きます。
(一部省略)
 病院へ着くと、パスポートなどが入ったバッグはとられて、携帯もなくなってしまいました。
診察を受け、処置を受けた後、全身麻酔が必要なので移動する、と言われ、また救急車で移動しました。
外でも、救急室でも、多くの人がいて写真やビデオを向けられ、とても不快でした。

 新しい病院にうつると、すぐに病室へ通され、まず局所麻酔で耳の処置をされました。
かなりの痛みがあり、それを伝えると、手と背中の処置はもっと痛いので、
全身麻酔でする、と言われました。

 その後、部屋に大勢の人々が入ってきました。チュニジアの首相や、
政府の方々に、母を見つけて欲しいとお願いしました。
その後、NHKやニューヨークタイムスを名のる人々も来て質問に答えるように言われました。
そうしなくてはならないのだ、と思い答えましたが、何を話したのか正直なところ覚えていません。

 日本大使館の方がいらして、日本の家族の連絡先を聞かれましたが、
携帯がなかったので実家の固定電話しかわからず、なかなか連絡がつかなかったようです。

 夕方になり、母は他の病院で手術を受けていて無事だ、ということがわかり、安心しました。
しかし、私も手術が必要だと言われ、手術室へ移動しました。
全身麻酔だったので起きたらすべて終わっていたのですが、手術前と比べ激しい痛みがあり、
お願いして痛み止めを使ってもらいました。
しかし、母は全く英語が話せないので、話が通じているのだろうか、痛みはないか、と不安になりました。
手術は3時間ほどで、夜10時をすぎていたようです。

 病室へ帰ると、大使館の方と日本人の現地のコーディネーター、という方がいました。
私は1日中泣いていたせいで目が腫れあがってあけることができず、その方の顔は見ていません。
大使館の方は母に電話をかけて下さり、母の声を聞いて安心しました。
コーディネーターの方は電話をして、日本テレビのインタビューを受けるように言いました。
言われるがまま質問に答えましたが、ボーッとしていてはずかしかったので、
インタビューをそのままテレビで流していいですか、と言われ断りました。
すると、すでにNHKのインタビューがテレビで流れていて、
名前も顔もでているからいいでしょう、と言われました。
その時初めてそのことを知り、ショックを受けました。

 翌日の朝にはパスポートなどが入ったバッグが戻り、大使館の方を通じて日本の家族と話すことができました。
母も、私のいる病院に転院してきて、一緒の病室に入ることができました。

 部屋をうつった後、部屋の前で
「取材をさせて下さい。あなたに断る権利はない」と日本語でどなっている声が聞こえ、
ショックでしたが、それは私にではなく、大使館の方に言っているようでした。
大使館の方は、「朝日新聞の記者の方がインタビューをさせて欲しいと言っているが、
受ける必要はない。体調も良くないし、インタビューがどう使われるかわからないし、
あなたには断る権利があります」と言われました。
今まで、義務だと思いインタビューを受けていたので、涙がでるほどうれしかったです。


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03月23日(月)
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