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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■「拉致被害者帰国から10年」 蓮池薫さんの重い言葉
記者会見のときも親に会ったときも、そう言うように指示されていた」と内幕を語りました。
そのうえで「北朝鮮には、ダメージを少なくするため、拉致被害者を少なく見せ、
できるだけ日本に帰らせずに残しておくという考えがある。私についてもそうだったと思う。
被害者の運命が取り引きの材料になってはならず、北朝鮮との交渉に当たっては柔軟さが必要だが、
命に関わる部分では絶対に妥協してほしくない」と政府に求めました。
また、蓮池さんは、その後、北朝鮮が拉致を認め帰国できた大きな要因について、
深刻な食糧危機に陥っていた90年代後半の北朝鮮の国内事情を挙げ、
「日本からの経済協力が是が非でも必要な状況で、
体制を維持することが第1目標の北朝鮮にとって、
疲弊した経済の立て直しが一刻を争う問題になっていた」と話しました。
そして「今も経済状況はさほど変わっておらず、北朝鮮は日本を必要としている。
多少の米の支援などで北朝鮮は動かず、交渉に当たっては、
拉致問題を解決することで国交を正常化し、
経済協力をするという大きな枠組みで取り組むしかないと思う。
政府は、北朝鮮が動くような方針をしっかり立てたうえで、
政権が代わってもその方針を貫いていく姿勢を見せてほしい」と求めました。

昨夜NHKで放送された『クローズアップ現代』でも、

蓮池さんのロングインタビューが放送されていましたが、

帰国から10年が経過して、

これまでは心の奥底に仕舞いこんでいた

拉致されてから北朝鮮での過酷な日々を公にする踏ん切りのようなものがついたのは、

やはり、北朝鮮に残されたままになっている他の被害者のことを考えての決断だったそうです。

日本で普通に生活をしているある日突然に拉致されて、

北朝鮮という得体の知れない国に突然放り込まれる。

上層部から訳の分からない指示を受け、

監視下のなかで生きて行かねばならないと知らされた時の

絶望感は計り知れないものがあったことは容易に想像ができます。

最初は抵抗をしていたそうですが、

結婚して子供が生まれたことで、

子供を守るために北朝鮮で行きていくしかないと覚悟したそうです。

北で生活していくない中で、一番苦しかったのが90年代に飢饉になった時で、

また、辛かったのが、

日本の新聞を翻訳する仕事をしていた時、

自分の救出を求める両親の記事を見つけた時だったそうです。

そして、日本へ帰国できることが明らかになった時も、

北に残る子供たちのことを考えて迷った部分もあったそうで、

日本へ帰国した時は一時帰国と考えていたそうですが、

北朝鮮としては国交正常化して日本からの経済支援をなんとしても欲しいわけで、

その事実の重みを考えれば、

国交正常化によって得られる経済支援と

北朝鮮が子供を残しておくことで話が進まないことを天秤にかければ、

北は子供を日本へ引き渡す方を必ず選ぶことは間違いないと結論を出して、

一時帰国せず日本へ留まることを決断したそうです。

自分達が帰国して10年、

今も北に残されたままになっている多くの被害者の心境を思うと、

私たちも帰国できるのだろうか、

蓮池さん達の帰国から10年も経っているので、

もうダメなんじゃないだろうかと諦めの気持ちなど、

その心中は察するに余りあります。

蓮池さんが仰っていましたが、

残りの拉致被害者を一日も早く救出するためにも、

拉致問題を解決さえすれば、

国交正常化で惜しみない経済協力をすると提示し続け北朝鮮を誘惑することです。

私も以前は誘拐犯に金を払うなんてもっての他、と考えていましたが、

高齢になったご家族のことを考えると、

これしか残されていないのではないかと思うようになっています。

ただし危険なのは、

野田首相が考えているような、

2〜3人の拉致被害者救出で経済制裁解除と国交正常化だけは


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10月16日(火)
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