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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■「脳死は人の死」とするA案、衆院通過
まだ、正式に決定したわけではありませんが、
昨日の結果を受けて、
大手既存メディアやネット上で活発な議論が展開しています。
「脳死を人の死とするか」と「臓器移植」については、
人の生命に関わる問題であることと、
もっとも、死という日本人が避けてきたナイーブな問題でもあり、
これらは、感情論、死生観、宗教観、人生観、価値観が含まれていることもあって、
これらの考え方は人によって様々で、
議論を尽くしても、全員が納得できることはないでしょう。
日本においての臓器提供反対派の中で、一つ疑問なのが、
日本人の脳死ドナーから日本人患者への臓器移植はダメで、
なぜ、外国に行って外国人の脳死ドナーからの
臓器提供ならOKとしているのかということです。
日本人の脳死を人の死と認めないのであれば、
海外人の脳死も認めず移植も反対となるのですが、
ネット上で、A案可決を反対している人で、
海外での移植にまで触れる人は皆無でした。
今後、仮に参院でもA案が可決され、脳死は人の死として、
年齢制限撤廃で子供の臓器提供ができるようになったとしても、
脳死状態の患者は有無を言わさず、
臓器提供しなければいけないわけではなく、
A案は法的脳死を人の死と位置づけているだけで、
家族の拒否で法的脳死判定は回避できます。
脳死状態でも今までどおり「治療」を受けさせたい家族、
臓器を提供したいと考える家族、
今回の法案は両存できるわけで、
最終的には、臓器提供するしないは、
本人もしくは子供の親が決めることであって、
法案が可決されたからと言って、
必要以上に騒ぐことも、
他人が、その立場の人の意思にとやかく言う必要もないように思えます。
それでも、正式に可決された場合、
脳死したのだから臓器提供があたり前という風潮になって、
脳死状態の子供をもち看病を続けている家族に、
バッシングが及んだり、
それとは逆の立場の、臓器移植提供を待つ患者の家族にも、
バッシングが及ぶことの方が懸念されるだけに、
双方の立場の家族に対する配慮が出来るかどうかの重要な問題となり、
双方の家族の心のケアの保証も加えられるべきではないでしょうか。
そして、一つ思うのは、脳死は科学的、医学的に人の死とされ、
今後、正式に子供も臓器提供が出来ると決まっても、
欧米のように肉体は入れ物で魂だけがあの世は行くという宗教観とは違い、
日本の場合は、魂と一緒に肉体そのものもあの世へ行くという
宗教的・社会的・文化的なコンセンサスが根付いているように、
宗教観と死生観が欧米とは違うので、
特に子供の臓器提供は、なかなか出てこないように思えます。
最後に付け加えておきたいことは、
家族が急に脳死になったら混乱するのは当たり前ですし、
自分もどうなるか分かりません。
元気な時から、脳死になったら臓器を提供する、
提供しないと心の準備をしたり、
また、万が一にも、
自分や家族が臓器提供しか生き残れる道がないような重い病気になった場合、
臓器提供を受けるのか否かも含めて、
一度、これをきっかけとして、
家族同士で話すことも大事ではないでしょうか。

06月19日(金)
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