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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■短絡的な発言だと短絡的な批判
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石原都知事は自衛隊さえ存在すれば、建物の耐震性や防火対策を

疎かにしても良いとは一言も言っていません。

石原都知事は都の防災対策も考えておられます。
石原知事定例記者会見録 平成19(2007)年1月26日(金)
「東京都の防災基本計画」

 石原都知事は災害時に有効な自衛隊の派遣を

なぜ要請しなかったのかということを言いたかったのでしょうが、

遅くて2千人が余計に死んだという数字は思い込みでしかありません。

ただ、火災が多かった長田地区などでは、

倒壊した家屋の瓦礫の下で生きたまま焼け死んだ住民が多かったのも事実であり、

自衛隊の派遣が1時間でも1分でも早ければ、

崩壊した建物の下にいて生きながらに焼け死に犠牲者になってしまった方を

大人数の力もしくは重機の力で、全員とは言わないまでも、

少数であれ救えた可能性はあったとは思います。

当時の知事であった貝原氏は8割が圧死の即死だったと主張していますが、

潰れた家屋の片隅で助けを待ちながら火災で亡くなっていた人や、

火の気が迫るギリギリまで家族や地域住民を助けようと努力していた人の気持ちを

無視した発言だと震災を体験した私は感じました。


中宮崇の 世相日記「些事争論」さま
■2007/04/10 (火) 昨日の日記 日本国民焼き殺し犯どもが火病で大騒ぎ

テロ朝の「阪神淡路大震災10年目の証言 あの日 官邸応答せず」
(05年1月16日放送)で既に論破されている。
その中で当時兵庫県の監察医であった西村明儒助教授(横浜市大学)は、
「当時専門医が検死した遺体はわずか2400。
4000近い遺体は死因は愚か死亡時間も特定できない」
「圧倒的に多い死因の一つは圧死による即死ではなく(煙での)窒息死だ」
と証言している。死体検案書も混乱の中で、ろくに検死もせずに
80.5%が地震発生時刻である「午前5時46分」または「5時50分」に
「圧死」で死亡と書かれた。
自衛隊などによる救出で助かった可能性はとの質問に対しても、
「あった。炎が来た時はまだ生きていた。一酸化炭素を吸って血液が
化学反応し鮮やかな真紅になった完全炭化死体が多くあったことが、
そのことを証明している」と述べている。

-----------------------------(引用終了)----------------------------

筑紫氏の言う耐震強度を高めたりする防災対策も重要なのは間違いがありませんが、

地震前の対策も地震後のスムーズな救助活動や、

二次被害を最小限に食い止めることも平行して考えるべきではないでしょうか。

 一部メディアは石原批判がしたいがために、貝原元知事を庇っていますが、

阪神大震災後の数ヶ月間の報道では、

非常事態にも関わらず県庁に自力で出勤せず、

昼頃まで迎えの車を待っていたり、自衛隊への出動要請を迷っていたように、

スムーズに行動しなかった貝原元知事の震災日当日の行動を批判していたことでしょう。

ところが、今回は石原都知事の発言と、

当時の貝原元知事の行動を振り返り両方を批判せず、一方の発言のみを叩く。

これは明らかにアンフェアではないでしょうか。

 そして筑紫氏の多事争論の発言でよく言うよと呆れたのは、

>あの震災の時に私も現場で取材をしておりまして、
>それからしばらくあそこに留まって中継を続けたのですが、
>こんなに文明国だった国がですね、6000人以上の死者を出したというのは、
>本当に恥ずべき怒りを覚えることだとつくづく思ったことを覚えております。

この箇所です。

震災当日のヘリからのリポートで、


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04月11日(水)
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