ID:45126
あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■ある作家がネコ殺しを告白。
餌をもらえるからということがあると思う。

生きるための手段だ。

もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、
子を産みたいというだろう。
飼い猫に避妊手術を施すことは、飼い主の責任だといわれている。
しかし、それは飼い主の都合でもある。
子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。
だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。
私は、これに異を唱えるものではない。
ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。
子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。
避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。
そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、
子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。
どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。
愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。
獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ。
生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから
殺すといった生死に関わることでない限り、
人が他の生き物の「生」にちょっかいを出すのは間違っている。
人は神ではない。
他の生き物の「生」に関して、正しいことなぞできるはずはない。
どこかで矛盾や不合理が生じてくる。
人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。
生まれた子を殺す権利もない。
それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、
飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、
社会に対する責任として子殺しを選択した。
もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。

-----------------------------(引用終了)----------------------------

この記事を読むまで坂東眞砂子という作家の存在を知らなかったのですが、

どうやら、ホラー系の作家さんだそうです。

興味本位でグーグルでイメージ検索をしたら、こちら参照

何かの犯罪で捕まった人のような顔でした…見るんじゃなかったorz


>こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。

自分に非があるのは分かっておいて、何故こんな事を書いたのでしょうか?

わたしは正直、わたしを批判する人は偽善者じゃないの?

と言いたいようにも読み取れるし、わざわざカミングアウトして、

糾弾、批判に身を晒す事で自分が犯した行為から救われたいのか、

猫を飼うのもエゴ。避妊手術するのもエゴ。生まれた子猫を殺すのもエゴ。

どれも人間のエゴなら、わたしはそのエゴを直視して、

罪を背負って生きていきます。っていうある種のヒロイズムに酔いたいのか。

もしくは全ての意味を兼ねているのか。

何度読んでも、何を一番主張したかったのかがよく分からないんですよね。

というか、日本在住でこの行為に及んだことをカミングアウトしたら、

動物愛護法違反で逮捕される可能性もあるけど、

きっと、タヒチにはそういう法律がなく逮捕されることもないから、

エッセイに書いたんでしょうね。

そういう意味ではあざとさが鼻に付きます。


>愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ

まぁ、動物を飼うことは人間のエゴであるとは思うけれど、

そう自分が信じてるなら猫を飼わなきゃいいじゃないの。

意味が分かんない。

自分が飼っている猫の充実した「生」の為に避妊させることは、

酷だと子種殺しを拒否しつつ、

生まれたての子猫をあっさりと殺してしまうというのは、

即ち生まれたけど育たない「生」を殺したわけで、

生まれる前の生を絶つ子種殺しと生まれてすぐの子猫殺し、

この二つにどれだけの違いがあるのかが分かりません。

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08月22日(火)
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