ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『藪原検校』
『藪原検校』@PARCO劇場

『藪原検校』なんだかんだで逃し続けていてようやく今回で初見。こういっちゃなんだが井上ひさしの嗜虐性がよく顕れている。つまりはとことん見つめた末の人間の本性。自分がそうではないとはいえない。だから絶えず自分を律し続けなければならない pic.twitter.com/5ur39wJECQ― kai (@flower_lens) February 13, 2021
13日のソワレを観ました。帰宅し、程なくして地震。うぬぬ新潟中越地震の日に観た『夜叉ヶ池』を思い出す……これもPARCOだった、そして松雪さんが出ていた。それをいったら『欲望という名の電車』もいつ余震がくる? てな緊張感のなか観たんだった。今回は上演中ではなかったので、集中して観られました。大駱駝艦同様、非常時の市川猿之助は効くな! 演出は杉原邦生。

按摩と称する盲太夫が語る、ピカレスク一代記。もとは落語で、二代目藪原検校は架空の人物(初代は実在)。塙保己市は実在した塙保己一がモデルとのこと。盲太夫とギターの伴奏で展開する物語を、舞台上で再現するという構成です。役者たちは複数の役を演じます。初演及び栗山民也演出版の音楽は井上ひさしの実兄である井上滋によるものでしたが、今回は益田トッシュが新しい楽曲を用意し、盲太夫役の川平慈英と共にギター以外の楽器も演奏します。

歴史的背景や盲目の者たちへの差別、検校への道とその駆け引き。スラム街とグラフィティの美術を背にMC宜しく語る慈英さんという図式には、長らく差別と闘い身ひとつで成り上がるNY HIP HOPシーンを物語に重ね、現代へと繋ぐ意図があったように思います。流石なテンポのMCでしたが、文語的表現や専門用語も多い台詞が伝わりづらかったのは惜しい。マイクを使っているため、素の音とスピーカーが通る音のバランスが難しかったのではないかと思います。

虐げられる立場をも利用し、自分の欲に正直に突き進む杉の市。猿之助さんがやるだけあって、愛嬌のあること。やっぱり心は彼に寄る。それを本人もわかっていて、コロリコロリとねこのように媚態を見せる。その魅力的なこと。

音楽劇の体裁をとり賑やかに舞台は進みますが、最も惹きつけられたのは役者が一対一で向き合う対話のシーンでした。二幕、杉の市(猿之助)と塙保己市(三宅健)の、表裏一体のような対話が素晴らしい。杉の市には金儲けの才が、保己市には勉学の才がある。立場は違えどどちらも野心を持ち、それぞれのやり方で頂点を目指そうとしている。そしてどちらも権力からは逃れられないことを自覚している。ストイックに学を究め、盲目という自分の立場を弁えた(うーんタイムリー)保己市が杉の市に下す決断には身震いするが、同時に納得させられる。

固唾を呑み聞き入ってしまう対話だった。気づけば硬く握り締めた掌に爪の跡。三宅さんの保己市、彼の新しい代表作になるのではないだろうか。清濁併せ吞んで尚、清潔感が光る声。よく通る明瞭な言葉。彼の「同志」という言葉には、さまざまな感情が込められていたように感じた。当人たちも手応えがあるのだろう、カーテンコール後ハケていくとき猿之助さんと三宅さんはグータッチしていた。

佐藤誓、煖エ洋が安定感のある演技で要所を押さえ、宮地雅子の母親役が胸に迫る。良い座組でした。今回来られなかったひともいるだろう、同じキャストで再演があるといいな。というか猿之助さんのレパートリーになるのでは?

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・緊急事態宣言発令期間中のパルコ・プロデュース公演の方針につきまして(2月5日更新)┃PARCO STAGE
緊急事態宣言下、20時を過ぎての終演。「足並み揃えてウチも自粛」とならず、やるからには万全の態勢で開催するというステートメント。こういうときのPARCOの強さ、ここ十年で何度も目にした

・夜の渋谷は久し振り。流石にひとは少ないか……と思ったが、センター街にはまあまあいたな。あの子たち地震来てビックリしただろうな、どうなっただろう

・蜷川版(2007)
・こまつ座&世田谷パブリックシアター(2012)/(2015)版

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02月14日(日)
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