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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『観相師』
『観相師』@シネマート新宿 スクリーン1
『爆烈野球団!』を観たあと調べた科挙制度が出てきた。こうやって知識がちょっとずつ増えていくのは楽しいなあ。十五世紀中期、朝鮮王朝で実際に起きたクーデター『癸酉靖難』に想を得た、歴史には残らないひとびとの話。
顔相からそのひとの過去、未来、寿命迄見通せる力を持つネギョンは、その才を見込まれ上京することになる。酒も女も好き、お金はないよりあった方がいい。偉いひととのコネも作りたいし、出世も出来るんならしたい。これらにいやな感じがしないんですよね。あざとさもなくて、素直な欲。ネギョンと義弟ペンホンの軽妙なやりとりも相俟って、前半はほのぼの進みます。音楽もコメディ映画みたい。
ところがそんな呑気な日々は長く続きません。宮中の要職に就き、トラの左議政、オオカミの首陽大君と出会ったことでネギョンの運命は大きく変わる。義弟と息子にいい暮らしをさせてやりたいと言う素朴な思いとは裏腹に、彼は覇権争いの波に呑み込まれていく。逆賊の相を首陽大君に読み取ったネギョンは、若き王を守るためにとある細工を施す。
この細工と言うのが「あーそれやったらアカン」的なことなんですよね…と言うか、私はそう思った。そのちょっと前にネギョンは、科挙試験で首席の成績を収めた息子ジニョンの面接官を務め、彼を採用するんですね。官吏になると不幸になると言う父の言葉に抗い、自ら道を切り開いた息子の夢を見守ることにする。顔はそのひとの歩む人生によって変化する、それによって運命も変わっていくといちばん理解しているのはネギョンなのです。相は接する相手によっても変わります。首陽大君は即位前の幼い王をかわいがっていた。その暗殺には逡巡を見せていた。そんな首陽大君の顔を知らないまま、ネギョンは彼の相に手を加え、クーデターの芽を事前に摘もうとしてしまう。このパラドックスは、国家とともにネギョンとその家族の運命を大きく変える。いや、変えなかったとも言える。
息子と義弟は、ネギョンが見立てた通りの運命を歩む。首陽大君は「彼にはこの未来が見えなかったのか? 私には見えなかった」、ネギョンは「私は波を観ることは出来たが、風を観ることが出来なかった。風によって波は姿を変えるのに」と語ります。決まっている運命、変えられる運命。観相師の力は本物だった。歴史に残らず消えていったひとりの男の人生を、見事に描いた映画でした。
いーやーそれにしても首陽大君を演じたイ・ジョンジェがわるかったー! て言うかすんばらしい色悪でしたね、彼の演じる民谷伊右衛門観たいとか思ったくらいですよ。あの魅力には抗えん! 登場迄一時間、悪い悪い恐ろしいと散々言われ、満を持して姿を現したそのシーン! こっれっはっシビれた!!! ここは撮る方も拘ったところでしょう。スローモーションで現われる黒に染まった集団、その足元から上がっていくカメラ。インサートされる凶暴な犬。そして遂に焦点が合う首陽大君の顔…イ・ジョンジェの不敵な表情。出色のシーンでした。ジョンジェさん、他の作品で観たときと発声も全く違っててすごかった。
彼を筆頭に役者の面構えが揃いも揃って素晴らしい。観相師ネギョンを演じたソン・ガンホ、その息子ジニョン役のイ・ジョンソク、義弟ペンホン役のチョ・ジョンソク。左議政ジョンソを演じたペク・ユンシクが、『地球を守れ!』でワンピ着て暴れてたスキンヘッドのおっちゃんと知ってひっくり返った…面構え全然違うがな! キム・ヘス演じる、ネギョンの才を見出だした芸妓ヨノンの人物造形が素敵だった。彼女は波ではなく風を観ることが出来たひとなんじゃないかな…首陽大君の顔に手を加えるシーンの度胸も格好いい。“同業者”ネギョンとの同志的な関係もよかった。これら魅力溢れる顔、顔、顔をクローズアップで堪能出来る、これぞ映画の魅力。朝鮮時代劇は初めて観ましたが、その衣裳や美術を満喫出来たのも嬉しかったです。烏帽子(紗帽と言うらしい)の形も気になるのね…『爆烈野球団!』で主人公のお父さんが被ってたの、左議政と同じものだったと思うんだけど、位や役職によって変わるんだろうなあ。これちょっと調べてみたい。
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07月03日(木)
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