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by kai
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■さいたまゴールド・シアター×瀬山亜津咲 ワーク・イン・プログレス公開『ザ・ファクトリー3』
さいたまゴールド・シアター×瀬山亜津咲 ワーク・イン・プログレス公開『ザ・ファクトリー3』@彩の国さいたま芸術劇場 大練習室

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団の瀬山亜津咲さんを演出・振付に迎えたゴールドシアターのタンツテアター。昨年行われたワークショップの成果を今回『ザ・ファクトリー』シリーズとして上演し、来年本公演を行うとのことです。

「ダンスの技巧に目を向けるのではなく、舞台で日常を再現する『演劇』のように、身振りや個人の体験を作品に取り入れ、個々の中にある様々な感情を仕草や表情、動きで表現する。」(当日配布のパンフレットに記されていたタンツテアターの解説)は、ゴールドシアターととても相性がよかった。一列に並んで行進したり、片足で立ち目を閉じて静止する姿は、歴史ある身体ならではの様相を見せる。とは言うものの、劇団員は六十代から八十代。「高齢者」という言葉ではひとくくりに出来ない世代差が確実にあり、そう言った意味では他の劇団と変わりはない。そして、体力的な個人差と言うものも明確になってくる。

その個人差を、ユニークなものとして見せる。集団で行う同じ動作にぐらつきはじめたひとりが「ダメだ男は。こっちでやろうぜ」と言い、男性陣がぞろぞろそれについていく。彼らは壁によりかかり動作を反復するが、やがてさぼりだす(笑)。女性たちが並んで靴下を脱ぎ、足をマッサージする動作がダンスになる。むくんでいるわ、だるいわ、と言った感じのものから、帰宅して靴下脱いでほっとしたわ、と言うようなもの迄、そのダンスはバトンタッチされていく。皆笑顔だ。裸舞台(そもそも会場が練習室なので、劇場らしい舞台はない)の左右に置かれたパイプ椅子に、ドリンクや上着を置く様子も十人十色。身体が追いつかない振付のパートで、椅子に座って他の演者を見つめるひとの姿も、スケッチしたくなるような個性ある「かたち」がある。

そうは言っても皆さんよく動くのだ。舞台に立つ身体だ。トレーニングの成果も相当あるのだろう。

ソロのパートもある。台詞もある。かつて教師をしていたのだろうか、学校に暴漢が現れたときのため、生徒に避難方法を語りかける女性。椅子に座り、ゆっくりと手足を動かす女性。練習場の壁沿いにあるバーにぶらさがり「ナマケモノ!」と言う女性。男性の頭を並べ、スイカに見立てて割ろうとする女性(大ウケ)。個人史を語る男性、杖をつき歩く男性、跳び回る男性。客演の若手(ネクストシアターの平山遼さんと市野将理さん、ダンサーの三原慶祐さん)が要所要所で彼らをサポートする。悲しみを爆発させたように駆ける女性を受け止めるパートが美しい。男女ペアになり静かに踊るパートでは、セクシュアルな空気も漂う。手をつなぐ、顔を寄せる、寄りかかる。テキスト下にあるドラマをほのかに感じさせる。それは役のものか、本人のものか。

そういえば身体の堅いネクストのメンバーのパートはウケたわあ。ストレッチのトレーニングするんだけど曲がらない曲がらない(笑)。ここにも個人差。

音楽はシャンソンが多かったかな(この辺りベジャール〜バウシュ的)。あっけらかんとしたラテンもあった。個人的に印象深かったのは坂本龍一の「美貌の青空」がかかったパート。人生の激流、立ち尽くす荒野、そこに芽吹く光。その繰り返しに寄り添う音楽たち、そして夏の虫の声。終盤、最高齢の重本惠津子さんが透き通るようなソプラノで唄う。彼女は参加するパートが多くはなかった。しかし、喉という器官は澄み切った美しい高音を奏でた。身体の可能性を感じさせる素敵なパートだった。

しかし衝撃は最後のパートにあった。男性最高齢の煖エ清さんがひとり中央へ。講談だろうか、一席ぶつ。すらすらとリズミカルに、流暢に語り終える。「こどもの頃ね、ラジオで聴いていたんです。憶えようと思って聴いていたんじゃない、ただ流れていたのをなんとなく毎日のように聴いていただけ。ある日、憶えようと思って思い出してみたんです。そしたら憶えようもなにも、憶えてた。」そしてひとこと、「まあね、ルーツなんて、たいしたものじゃないんですよ。」ぱっと暗転。


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08月16日(金)
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