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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『天使は瞳を閉じて』
虚構の劇団『天使は瞳を閉じて』@シアターグリーン BIG TREE THEATER

シアターアプルでのインターナショナルヴァージョン以来ですから、約20年振り。その間上演された『コーマ・エンジェル』やミュージカル版は観ていません。虚構の劇団を観るのも初めて。客席には自分と同じくらいの世代、その上の世代であろうひとたちもかなり多かった。若い劇団にこの客層と言うのも不思議な感じがしました。終演後熱心にアンケートを書いているひと、見憶えのある光景だ。しかも劇場はシアターグリーンなのです。実際に第三舞台をシアターグリーンで観ることは叶いませんでしたが、劇場出口で挨拶をしている役者さんたちの姿を見て、あの写真の数々を思い出すひと、私の他にもいたと思います。

でも終演後、作品自体を初見だったと思われる若いお客さんが「すごくよかった!いいお芝居だね、いい話だね」と興奮気味に話していて嬉しかったりもしたー。

と言う訳で正直に言うと、第三舞台の面影と闘い乍ら観ると言う状態になりました。これは完全にこっちの都合です。次の展開や台詞がするする頭に浮かぶ。シーン毎に流れていた曲も鳴る。「おいでませ」は「アンジェリコ」なんだ、「総統」は「議長」なんだ。あの曲はもう使われないのか、ここの曲は絶対変えないんだな。一瞬一瞬を確認し乍ら観てしまった。基本的に演出が変わっていないこともそれに拍車をかけた。役者さんによっては台詞回しが第三舞台のひとたちとそっくりなひともいて驚いた。

しかし芝居そのものの力によって、みるみるストーリーに引き込まれていく。冒頭の描写はかなり変わっていました。もともとのストーリーがあれですから、現在を組み込んでも違和感はないだろうと思っていましたし、むしろより身近に感じられるだろうと覚悟してはいたのですが、実際この手のモチーフを描いた芝居を震災後に観たのは初めてだったので、受けたショックは大きかったです。曖昧な恐怖が像を結ぶのを見たかのよう。スクリーンに文字が溢れるシーンでは、一瞬席を立ち上がり悲鳴をあげる自分の姿が頭に浮かぶ程でした。そしてその後街をつくった人間たちの強さに希望をも持ちました。

それでも最後この世界がどうなるか、誰がどうなるか判っているし、それは変わらない。胸が締め付けられるような思いに駆られ、最後には涙が出た(つうかオープニングでもう泣いてた・笑)。現在と普遍が同居する、やはり名作です。

今回、それこそ20年前に第三舞台がきっかけで知り合った方たちと一緒に観たので、終演後の話にも花が咲いた。あれは鴻上さんの演出(演技指導)によってそうなるのか?それとも役者さんが第三舞台が上演したものの映像を観てあの演技プランにしたのだろうか?(それ程似ていたのだ)そして当時あのスタイルが80年代演劇だと思っていたが、今観るとあれはもはや鴻上さんのスタイルだったのかも知れない。意外なところで笑いが出たのにも驚いたね!最初の「さあ、握手をしよう」で笑いが出たのにはビックリした!ビックリしたビックリした!あそこ必ず私泣きそうになるとこなのに!なんだろうあれ、マスターが見当違いのところ向いてることに笑ったのかな…えーでもそれって……あでもね私の後ろのひとが笑った後に「まんまや」って言ったの。ええ?どういうこと?初演から変わってないってことが笑いに繋がるの?あともう一箇所意外なところで笑いが…どこだったっけ?(このとき思い出せなかったがもう一箇所ってあれだ、太郎に羽根が生えてきてスーツの背中が出っ張ってることにずっとクスクス笑いが…ここらへんはチャーミングな笑いでこっちも和んだ)。虚構の劇団の役者さんたちは、所謂第三舞台チルドレンなのか、全くそれとは無縁のひとたちなのか?役者さんとしては第三舞台のメンバーと比べられることについてはどう思うのだろう、しかしそうやって観てしまうこっちも失礼だよね…等々。

しかし、似ているとは言えコピーではない。演じているひとが違えば当然違う側面が見えてくるし、観ているこちらにも別の感情が生まれてくる。新しい発見にハッとしたり、今この時代にこの作品を観ることの意義に感じ入ったり。この作品を通して新しい集団、新しい役者との出会いがあったことに幸福を感じたりもしたのでした。


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08月10日(水)
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