ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
[648756hit]
■『M』
東京バレエ団『M』@東京文化会館
まさかミシマモチーフで泣くとは。すごすぎた……。圧倒的な美は、失笑に傾きかねない極端なマッチョイズム、グロテスクさをも呑み込んでしまう。涙が出たのは美しさに感動しただけでなく、恐怖すら感じたからだ。歓喜ではなく、畏怖の涙。
三島由紀夫没後四十年の節目でもあります。一時間弱の作品何本立てかのバレエ公演が多いなか、休憩なしの二時間弱、一作品上演。なのに全く集中力が切れず、時間が過ぎるのが惜しい程でした。振付師としてのベジャールは周知ですが、改めて演出家としてのベジャールの凄まじさをも思い知らされました。選曲を含めた音楽、照明、美術、衣装プランの粋を結集して舞台芸術をたちあげる、その美意識!日本の、三島の美を彼が翻訳するとこうなるのか。
その美は聖と俗が表裏一体。ミシマエロスと美の象徴である聖セバスチャンが見えない存在と愛し合うソロ(天から降ろされる鏡にその姿は映し出される。この鳥瞰はベルトルッチの『1900年』を思い出した。天界に見守られてのセックス、エロティック!しかもその天界からの視線=観客の視線として提示されるのだ)と、裸(実際には肌色のアンダーウェアを履いていたが、これ、規制がなければ本当のところは着衣一切なしでいきたいところなのだろう)の男性ダンサーがムカデのように連なる群舞と。衣裳はぴったりしたタイツやシースルー、男性ダンサーは上半身に何も纏わずダンサーの身体の線をくっきり見せる。鍛え上げられた肉体そのものを目の当たりにして息をのむ。その身体の描く線の美しいこと!
少年三島の手をひく老婆(三島の祖母にあたる)は、少年の「イチ、ニ、サン!」の声に続けて「シ!」と叫び、IV=シ=死の姿を現す。狂言回しでもあるシは舞台の進行役も務め、少年に寄り添いやがては死へと導く。少年は豊穣の海と戯れ海上の月の膝枕で眠り、仮面の告白を経て禁色を眺め、金閣寺を燃やし、やがては桜舞い散るなか楯の会に見守られて割腹する。少年から流れ出た血は、シの手によって数々のシーンに現れた登場人物たちへと流れていく。ディノ・オルヴィエーリ「J'attendrai(待ちましょう)」が流れるなか、彼らは潮騒が響く波へと消えていく……。
シを踊るのは、この作品のために復帰した小林十市さん。復帰と同時に引退公演でもありました。以前十市さんが、自分のことをこう表現していました。「彼(ベジャール)のダンサーだったんだ!」。ベジャールバレエ団に所属していた、ではなく、ベジャールの振付を踊っていた、でもなく、“ベジャールのダンサーだ”と。このことが印象に残っていました。舞台上の彼は、ベジャール作品を踊る喜びに溢れている様子で、そのピュアな振る舞いがIV=シ=死によく似合っていました。キレのあるターン、軽やかなジャンプ。ブランクなど微塵も感じさせないフレッシュな踊り。そしてシは言葉も使うことが出来ます。終盤の「立てー!」と言う台詞は、身体表現に声も含まれる役者のものとして活きていました。気迫のこもった素晴らしいシでした。
少年がまたすごくて。あの子いくつくらいだったんだろう…無邪気に走り回るシーンはともかく、割腹する時のあの毅然とした表情、流麗な所作!割腹の場面は扇を開く、と言う所作で表現されるのだが、死をこれ程美しく表現されてしまっては……正に三島の人生のような矛盾。そして声変わりしていない高音での「武士道とは、死ぬことと見つけたり」。あまりにも鮮烈。
「女」を踊った上野水香さんも素晴らしかったな…特にソファの場面。プロポーションの美しさ、鍛錬された動きの数々、それを静止させた時のキープ力。イチ、ニ、サンを踊った初演メンバー、高岸さん、後藤さん、木村さんも、初役の聖セバスチャン(ナルシシズムが薄めな分その若い美しさが際立っていた)を踊った長瀬さんも輝いていました。
カーテンコール、何度あったことか。最初数えてたけど途中から放棄した(笑)。十市さん、いい顔してらっしゃいました。客電が灯る。席を立つ。その時カーテンの内側から拍手が湧きました。それは何度も、何度も続きました。
[5]続きを読む
12月19日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る