ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■PTA復習+『血は立ったまま眠っている』
■Bweebida Bobbida『菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール「カルペンティエル地下文学賞」@リキッドルーム』
フロア対応にシフトしていっているのは判るけど、どこをどうしたからああいうフロア対応の音に変化しているのか?PTAの音の変化について判らなくなるとBobbidaさんのところへ読みに行きます(笑)。いつも有難うございます。
それにしてもホント長丁場でヘトヘト。ドレスアップしてヒールなどでいらしてるお客さんたちはもっと大変でしょうな…それでもエレガンでおらねばならないのか。もう尊敬する…。
サービス満点なのは嬉しい反面、あの、対バンなしで二時間程でギュッとやるフロアPTAも観たかったり、します……。ダメ?(笑)

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『血は立ったまま眠っている』@シアターコクーン

当日券で二階立見、購入時カウンターで「重要なシーンは下手側です、しかしもう上手側の立見席がありませんので、下手側後方が比較的観やすいと思います」と言われたので、その通りにしました。…確かにあの時点で残っていた席ではここがベストだったと思います。が、ほんっとーに下手側見えないの(泣)。で、確かに肝心なシーンは下手側での演技が多いの。灰男と良のアジトが下手側だったようで(どんなセットがあったかも見えなかった)、このふたりのやりとり、灰男と夏美のやりとり、夏美と良のやりとりは殆ど…いや全部?下手側。こちらのシーンは全て心眼で見ると言う、修行のような観劇でござった。あーでも最後の記者に群がられる良のシーンや、最後首吊りに話しかける良のシーンは上手側で、しっかり観られたのでよかったな…あのラストシーンはすごくよかった。

パンフレットで蜷川さんが寺山修司のことを「ぼくにはあそこまで俳優をモノとして扱う勇気はありません」と言っていたけど、いやいや蜷川さんもかなりのもんだったと…(笑)私が蜷川さんの舞台を実際に観るようになってから二十年程経ちますが、最初の頃はあー、代わりはいくらでもいるんだなあと思ったものでした。この演出を前にしては、どんな役者でも『ニナガワ演出』の駒なのだろうと。それは反面、役者を信じたくても信じられない、傷付きやすい演出家の鎧にも思えたものです。それをあまり感じなくなったのはいつからだろう。役者とのコラボレーションを楽しむ余裕が出てきたのかなあと思ったりしました。と、エラそうですみません。

今回の、極端な肉体を客席に提示する町のひとたち――ちいさなひとたち、ずべ公、ヤク中、('60年代における)朝鮮人のミュージシャン、ねこ殺しの趣味のあるこども――が、ことあるごとに唄い踊り騒ぐ姿に、刹那的ではあるが一瞬の光を見たように思います。それは幸福な風景であるかも知れない。そして幸福は決して永遠には続かない。それは彼らがモノではなく、ひとりの替えが利かない人間であることが感じられたからのように思います。思い込みかも知れないが。

で、以下は学生運動をリアルタイムで知らず、天井桟敷も観たことがない者の感想ですが、清水邦夫の『真情あふるる軽薄さ』にもあった、“朝の洗面所”のような情景が映し出された舞台にも思えました。ふたりのテロリストの破壊活動は、彼らにとって大きな革命でも、実際は椅子を盗んだり落書きをすると言った些細なこと。警察は動くこともない。そして良は田舎から出てきて、つらい生活の中出会った灰男にカリスマを感じて心酔する素直な少年だ。本当に普通の少年が、都会で“革命”を起こすに到る純粋さ、それが簡単に破綻する儚さ。敗走することも出来ず、ただただ立ち尽くす。これを体現した森田くんは素晴らしかった。このひとの舞台を観るのは二度目ですが、前回嗄れていた声も今回は問題なく、しかもよく通り、切実さや痛さを含んだ発語も無理なく聴こえた。この無理なくって結構すごいことなのでは…良は十七歳なのだ。森田くんて今三十くらいだっけ?いやはや見た目が幼いとかそういうことではなく、この青さ、若さを出せるのはすごいと思った。


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02月12日(金)
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