ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『人形の家』とか
『人形の家』@シアターコクーン

『人形の家』のストーリーは個人的には好きではないのですが(これを「まあ、バカップルの話ですよね」と言い放った鈴木裕美さんにとても共感する・笑)傑作だとは思います。どっちもどっちなヘルメル夫妻を、どちらにも感情移入出来るように、しかしどちらにも共感出来ない箇所を根っこにしっかり残して描いている。登場人物たちの行く末を考えずにはいられず、余韻が残る。とても観甲斐のある作品です。

そして好きではない割に結構何パターンも観ているのは、役者のガチンコ勝負が観られるからです。下手な役者がやったら目も当てられない状態になるのではないだろうか、それだけに座組も強力なものが多い。キャストが発表された時、これは観客も体力がいる、ストロングなものが観られるだろうと思いました。

そして演出。デヴィッド・ルヴォーと言えば、役者をとことん追い詰めることで有名。これは相性がいいのではないか…と。

実際目にした舞台はすごかった。当時ルヴォーが数々の作品を手掛けたtptのホームグラウンド=ベニサン・ピットでの緊張感をシアターコクーンにまるっと持ってきたかのよう。息詰まる170分でした。全三幕、休憩2回。三幕は、3ラウンドと言ってもいいかも。四方を客席で囲む中央に配置した正方形の舞台はリングのよう。ラウンドが終わり、休憩アナウンスが流れる度に客席の緊張がとけ、どよめきが漏れる。幕毎に大音量でかかる音楽はまるでゴングのようでした。

2004年以降宮沢さんの舞台は全部観ていますが、いちばんのハマり役だったように思います。脚本(=訳、話し言葉としての台詞)との相性も抜群にいい。これ迄は声が台詞に追いついていない印象が多かった。そしてその声が追いつかないのをカバーしていたのがあの容姿。オーラのようなものも含むと言ってもいい。それはもう舞台にいるだけで目が釘付けになってしまうかのような美しさで、実際それだけでも観てよかった…と思ってしまう程だったのですが、今回この容姿と台詞回し、所作が全て揃っている。幕開けの、舞台を囲む紗幕が落ち、照明がついた瞬間そこに現れた彼女の美しさと言ったら!宣美で使われていた金子國義の描いた女性がいるかと錯覚する程。この導入は素晴らしかった。伊藤佐智子さんの衣裳が、ドレスもペチコートもスーツも、細く高いヒールで華奢なブーツも、ことごとく似合う。そういえば宮沢さん、『トニー滝谷』でも非現実的な程洋服が似合う女性を演じていたなあ。そして家を出る時の凛とした佇まい。内外ともに人形のような美しい女性から、自立の自覚を持った―それが今後どう転ぼうとも、気付いてしまったが故の―強い女性へ。

うーむ、これは…ルヴォーと組んだ作品、また観たいですわ……。

一方そのルヴォーとかつてガッツリドップリ組んでいた堤さんもどハマり。本人「こんなに共感出来ないキャラクターはなかった、だいきらい。なのに周りからはピッタリと言われて…」とインタヴュー等でボヤいていましたが、無邪気=無自覚の業を見事に表現していました。これ褒めれば褒める程悪いみたいですが(苦笑)この無邪気さはなかなか技量だけ(当然技量はある)で出せるものではないでしょう……。良くも悪くもこどものようで、こどもの狭量さ=まっすぐさの機転の利かなさ、傲慢さが瞬間瞬間で悪魔にも天使にも見えるのです。最後の場でノラに罵倒されて立ち尽くしているときの彼は、まるで廊下に立たされてしょぼんとしているこどもそのものでした。

無邪気さは勿論ノラにもある。それはひとの気持ちを弄ぶ。これひととしていちばんやっちゃいかんよー、ランクの気持ちを思うと胸が潰れそうでしたよ!そんで家を出たらとりあえずクリスティーネんちに泊めてもらうっつってるけど、おまっなんだその泊めてもらえると疑ってない無邪気さは。そういう気持ちでノラを見ると際限なくツッコミどころが出てくるのですが、家を出ることに関してはまあそれもいたしかたなかろうと思ってしまったりするのです。


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09月13日(土)
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