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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『sisters』とか
『sisters』@PARCO劇場
あ、抜けた。吹っ切れた。長塚くんの現時点での最高傑作ではないだろうか。そして集まったキャスト、誰も替えが利かないと思わせられる。他に誰があの役を演じられるだろう?松さん、杏ちゃん、哲司さん、まことさん、梅沢さん、鋼太郎さん。すごい座組になった。松さんの声が、強烈な存在感が、断然活きている。技術的なことは無論。
松さんが噛んだの(たった一箇所だが)初めて見た…それ程手強い作品だったと思う。一歩間違うと戯曲としてしか成立しないのではと思わせられる程の物語のおぞましさ、同時に言葉の美しさ、それを伝える難しさ。ストーリーに役者が喰われかねない。相当の強者でないと演じられない。それは他の登場人物もそうだ。
効果を含め、演出も素晴らしいです。女優たちの脚がどんどん白くなる。体温が奪われていくのが目に見えて判る。ショッキングな場作りは今回ありません…あ、一箇所あるかな。でもスプラッタな要素はありません。それでも恐ろしい、美しい、悲しい。
以下バッキリネタバレします。観るつもりの方は、以下は観る迄読まない方がいい。先入観を持たずにその場で起こることを目に焼き付け、台詞のひとことも漏らさず聴き入り、そしてひとりきりで考えた方がいい。美鳥が言うように、それは「ひとそれぞれ」なのだ。
父親からの性的虐待を受けたこどもがその後どうやって生きていくか。「虐待者からの見えない手はずっとついてくる」と言ったのはティム・ロスだが、こどもたちは肉体的なことだけではなく、精神的にも支配される。そしてロスは「その手を断ち切ることは出来る」とも言っている。さて、それはどうすればいいのか。
長塚くんの作品には、あの時あのひとがあの場でああ言えたらよかったのに、と言う願いのようなものを叶えてくれるキャラクターが登場することが多い。『LAST SHOW』で言えば「ワタシ」の存在がそうだ。生まれることの出来なかったこどもが、自分の母親に暴力を振るった男を叱りつけることが出来たら、自分の母親に感謝の言葉を述べることが出来たら、どんなにいいだろう。今回は馨がそれにあたる。しかし、実際にはそれは起こりえない。「ワタシ」が思いを母親たちに伝えられるかは現実的には難しい。そして、馨がそれを伝えたかったのは、礼二ではなく自分の父親なのだ。いつも間に合わない。それでもそこには一瞬だが光が差す。カタルシスと言ってもいい。カタルシスは、馨が三田村を刺す幻覚にも現れる。
終盤馨と美鳥の、そして馨と礼二の対決が待っている。どちらも理詰めで相手を喝破しようとする。しかしそこには間違いなく感情がある。感情を備えた理論なので、圧倒的に説得力がある。それは感情論じゃないか?と思うのはちょっと甘い。その感情の在り処を、馨は言葉でひとつひとつ発掘していくのだ。序盤に「言葉では判らない」と言っていた馨が、だ。そしてそこには、注意深く倫理が折り込まれている。これがなければ救いようがない。どちらが正しいんだ?と観ている方も感情が何度も揺れる。馨は、礼二は偉大で、誰とセックスするよりも幸せで気持ちいいと言う美鳥に、それはすりかえられたものだと丁寧に、しかし強烈なグロテスクさを持って示していく。そして馨は礼二に、こども=私が、(それには自覚的でない)美鳥が、どれだけ傷を受け、苦しんだかを伝えていく。泣きわめいたりはしない(泣いた方が楽なのだ)。怒鳴ったり大声は出すが、はっきり、相手に解るように、“おもちゃ”にされたひとりの人間の思いを伝える。
馨は礼二に「キチガイ」と言い放たれる。では、そのキチガイを生んだのは誰なのか?馨は、美鳥にもある感情の在り処を自覚している。
そこには恨みのようなものは希薄だ。乾いている。恨んでも何も元には戻らないからだ。諦めたり、記憶を封印すればいい?ところがそうすると必ず綻びが出来る。ずっと苦しむ。苦しみの原因は自分を置いて先に消える。残されたこどもは、どうやっても親から逃れることが出来ないままだ。
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07月19日(土)
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