ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『ドラクル』『シェイクスピア・ソナタ』
ハシゴ。
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シアターコクーン・オンレパートリー2007『ドラクル ―GOD FEARING DRACLE』@シアターコクーン
ううーん過渡期かな?いろいろと惜しい作品のように思いました。意地悪言っちゃうと「長塚さんは血がいっぱい出るグロテスクな演出が得意だから、いっちょゴシックホラーやってみませんか?」と企画を持ち込まれて、がんばったんだけど…みたいな印象(鬼)。いや実際そうだったかは知りませんよ。
無宗教が多い(と言われる)日本人の宗教観を描いているとも解釈出来るし、いろいろと興味深い面はあったのですが……。登場人物全員にある種の決着をしっかりつけるのが長塚くんの作劇ポリシーのように思っていましたが、今回は投げっぱなしのものが多かったのも気になりました。それでも「許す!」があるところには救いを感じたけど。
美術はとにかく素晴らしかった!これは二階席から観てよかった。舞台と客席間を照明で遮る転換はコクーンでよく使われる手法ですが(蜷川さんがよく使うからそう思うだけか?天井高いから映えるってのもあるか)これも効果的。ただ、上手側のみやたら色を変えていたのが「舞台転換用に使っています」の域を出ていなかったようにも思います。逆に気になるくらいだったから。
それにしても贅沢な役者の使い方だったなあ。
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シアターナインス『シェイクスピア・ソナタ』@PARCO劇場
いんやーこれは面白かった!悲劇を書いたのに喜劇になる、もしくはその逆。先週観たチェーホフによく例えられる岩松了(敬称略が敬称)の魅力がふんだんに堪能出来ました。いやもう最高です。だいきらいでだいすき。あ〜ホント腹がたつな〜(笑顔で)人間のどろどろした部分を美しい言葉に置き換え、なおかつせつなさ、はかなさをも感じさせるような香しきものとして立ち上がらせる。愚かで、滑稽で、人生と言う舞台上でこどものようにおろおろする大人たちに、憎らしさと愛おしさを同時に感じさせる。
シェイクスピアの四大悲劇を上演する一座、と言うフォーマットを巧く使い、バックステージものとしても面白く(やはり『ドレッサー』を思い出したなあ)、劇中劇がそのバックステージの合わせ鏡のようになっている構成もスタンダードな発想であるのにスリリング。「嘘でしょう、嘘でしょう」と死んだ妻の声が聞こえる。役者は演じるからこそ役者。演じることはそのまま嘘。しかしそこに真実がにじみ出るからこそ、役者は役者なのだ。
で、あんまりにも話運びが巧過ぎるとそれが鼻につくこともあるんですが、そうならないのは役者陣がまた巧過ぎるからで。巧過ぎるってのは、巧いと思わせないくらい巧いと言うこと。登場人物そのものにしか見えないと言うこと。無駄なキャストがひとりもいない。シアターナインス=幸四郎さんの座長公演ではあるけれど、それすら感じさせない。誰が欠けてもダメ、他の誰が演じたらとすら思わせないキャスト。すごい座組。右往左往する男も、演じることが当たり前の女も、ここにしか存在しえないもののようだった。
全くタイプの違う作品を比べるのも意地悪ですが、そして同じ日に観ちゃったごくごく個人的な感想ですが、『ドラクル』との体感時間のあまりの違いに愕然とした。一幕70分、休憩20分、二幕70分と言うコンパクトさであり乍らあまりにも濃密。集中力を自発的に使うと言うより、使わされた、使わざるを得ないところ迄持ってかれたと言う感じでした。終演後はドッと疲れた。爽快感すらあった。目を耳を離せないストーリー展開、登場人物の台詞ひとつひとつが気になって仕方がない。言葉にならない部分は仕草のひとつひとつで意味を感じさせる。ここらへんは岩松了の得意とするところですね…まんまと乗せられてるのが悔しいなー!(笑顔で)
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09月22日(土)
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