ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『LIVE FOREVER』
『LIVE FOREVER』@ライズエックス

めいびあいじゃっわんとぅぶれー
めいびあいじゃっどんびりー
めいびゆーざっせいまずみー♪

うわーん!(反射で号泣)これはわびしい〜!『ブリットポップの3年間』みたいな構成になっていて、シーンだけじゃなくOASISもBLURもバンドとして終わってるみたいな描き方になってる〜!終わってるのか!うーわー!(泣)まあ、ねえ…いやしかし!でもやっぱり…いやいやしかし!いやいややっぱり。いいじゃないの、名曲が何曲も生まれたじゃないの、名盤が何枚も出たじゃないの、この頃はよお〜。虎は死して皮を残し、人は死して名を残…いや死んでない!死んでないから!ひとはね!

ブリットポップは3年間ってことなのね。短い…時代の徒花だ。序盤は「うわ〜なつかし〜」てな感じで観てたんだけど、NIRVANAが出て来た途端にぶわっといろいろ思い出し。油断してた…ここでカートが出てくるとは。やっぱり年代的に検証するとこうなるのか。確かに91年辺りからNIRVANAがイギリスでも盛り上がり出して、92年のレディングが語り種になって(カートが車椅子に乗って出てきたやつね)、94年にカートが死んで。その翌年にOASIS vs BLURシングル対決があって、『(WHAT'S THE STORY)MORNING GLORY?』が出たのか。

そうだ〜そんで、アメリカ西海岸辺りはカートが死んですっかり意気消沈してたんで、そこらへんばっか聴いてた自分は「イギリスは活気があっていいなあ」とか思ってたんだった!グランジにズッパマリだったもんで、記憶が歯抜け状態だわ…。それに追い討ちをかけるように、95年前半にはリッチー@マニックスの失踪事件があったので、しばらく洋楽聴く気がしなくなってたんだよね。でも、その後またいろいろ聴き出したのはOASISがいたからだなあ。そのうちFOO FIGHTERSが始動して、ローゼズのライヴに3人のマニックスが出演して(みなと図書館のロック講座で映像流すって言うからわざわざ観に行ったよ!増井修氏が進行だったよ…うわわわわ)英米もの(笑)がまた楽しいと思えるようになって来たんだった。まあ、カートもリッチーも戻って来ませんが。うーん、でもリッチーにはどこかで生きていてほしいとずっと思ってる。

で、ここらへん本編にも出てきたけど「イギリスはアメリカを意識するけど、アメリカはイギリスの音楽シーンなんて気にも留めない」ってか。NIRVANAってそんなに大きい存在だったか…イギリスにとっても。そう…か。そう…だねえ…。でも元を辿れば、ビートルズもストーンズもイギリスのバンドなのにねえ(苦笑)しかしグランジにしろブリットポップにしろ、呼び名って時代を反映させるね。誰が付けるんだろうね。ミクスチャーとかもう言わないしね!オルタナすらもう言わないだろ…うひー。

そういえばローゼズも1枚目で完全に終わってたみたいな構成になってたな。わ、わびしい…。

まああれですよ、イギリスのメディアってこういうもんだよ…この作り方。ポール・ウェラーも一時期すっかり過去の遺物として扱われてたじゃないですか。その頃ウェラー兄は日本にばっか来てくれてたよね(笑)OASIS vs BLURも、ワーキングクラスヒーローとミドルクラスのお坊っちゃん方と言う図式がメディアにとって格好の素材だったんだろう。本当にイギリスは階級意識が根強い。ひとの意識だけじゃなくてさ…リッチーってすんごい賢いコで進学にも意欲的だったのに、ワーキングクラスだから希望の大学に入れなかったとか言う話もあったなあ。そういう弊害が未だにあるって言う。だから「A DESIGN FOR LIFE」で“のんだくれてるだけ〜♪”って唄われるような状況になっちゃうんだよ。そっからドラッグカルチャーにも拡がって行く訳で。ここから抜け出すにはロックスターになるかフットボールのスタープレイヤーになるしかないって言ったのは誰だったっけ?

政治的な側面も関わってくる。映画は、OASIS vs BLURをサッチャー→ブレア政権の移り変わりにも当てはめている。実際ノエルはブレアのことをかなりおしてたもんね。ノエルもデーモンも「もう今更そこに触れるなよ〜」ってな面持ちでインタビューに答えてるのがまたわびしい。


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09月11日(土)
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