ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『ソラリス』
『ソラリス』@新宿オデヲン座

SFはSFでも、サイエンス・フィクションと言うよりスペース・ファンタジーな趣。宇宙には不思議な力がある、それを神の領域と言うのもいい。踏み込まない方がいいこともある。それでもそこへ向かってしまうひともいる。それは正しい選択だったのか?

SF小説の金字塔と言われる原作『ソラリスの陽のもとに』、アンドレイ・タルコフスキー監督作品『惑星ソラリス』のリメイク、ジェイムズ・キャメロン製作と言うフィルターを一度とっぱらって観るといい。『トラフィック』を撮ったスティーヴン・ソダーバーグ監督作品、と考えれば何となく見えてくるものがある。

極めて個人的な感想。タイミングよく被ることがあったので。

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■今仕事でsolaris(デバイスドライバの方ね)の本を作っている(笑)
■今読んでいる『オスカーとルシンダ』で、オスカーの父は死後の世界にこそ安らぎがあると信じており、現世はその安らぎを得る為の修行の場で、享楽は断じて許されないと考えている
■パールジャムがカヴァーしているWAYNE COCHRANの「LAST KISS」。こんな歌詞。
 she's gone to heaven so i got to be good
 so i can see my baby when i leave this world
 +++++
 きっと彼女は天国に行ったはずだから、俺も善人にならなきゃ。
 そうすれば、この世を去る時に俺は彼女に会える。

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自分の人生はクズみたいなものかも知れないし、とるに足りないものかも知れない。それでも、もういないひとの為に自分を、日常の生活(これってすごい重要)を少しでもいいものにしたいと思う心。この世にいようがいまいが、そう思わせられる相手がいると言うこと。

死の向こう側にあるもの。私は無神論者だし、死は無だと思っている。しかし魂と言われるものが残るとしたら?宗教によってはそれが天国だったり浄土だったりするのだろう。「ひとは二度死ぬといいます。一度目は肉体的な死。二度目は友人が語らなくなった時。でも、安心して下さい。ここにいる僕らは、いつまでも君のことを語り続けます」と言ったのは三谷幸喜さん。伊藤俊人さんへの弔辞。残されたひとの記憶でもいい。魂=記憶と考えてもいい。

しかし、この記憶と言うものはやっかいだ。ソラリスから来た“お客”レイアはクリスの記憶から作り出された訳で、このソウルメイトはクリスの都合のいいように組み変えられている。クリスの身勝手さが作り上げたものとも言えるのだ。ひととひとの間に絶対的な理解は有り得ない。

でも、それでいいのかも知れないと思った。クリスはある意味解放された。許されたと言ってもいいかも知れない。“真実の”レイアがどう思っているかを知ることは出来ないにしても、レイアの魂=記憶は、残されたクリスに与えられるものがあったのだ。こういう喪の仕事もあるのだな、と思った。

ここに『トラフィック』との共通点。登場人物の最後の選択はあまりにも切ないものだが、『トラフィック』のハビエールはそれを受け入れ、静謐な表情をしていた。ヘレーナも、モンテルも、ロバートも。選択は正しかったのか、それは誰にも判らない。

クリスやスノー、ゴードンの選択もまた、正しいと言えるかはわからない。いや、それが正しいかなんてことはどうでもよく、本人が納得するか、後悔しないかなのかも知れない。苦いハッピーエンドだ。ハッピーエンドだと私は思う。

メインキャスト4人のアンサンブルが丁寧。不安、恐怖、奮起、安堵と言った微妙な心情を、狭い空間で派手な動きをせず、清楚に表現している。

ソダーバーグは自分で撮影もするひとだが(ハリウッドシステムの都合でクレジットは出していない)このひとの画は個人的に好きだ。色が綺麗だし、カットアップの仕方も面白い。今回は手が印象に残った。自炊しているクリスが、過って包丁で切ってしまった手。遺書がわりの詩集の一片を握ったレイアの手(これ映った時点で「あ、絶対死んだ」と思った)。クリスと子供の手。手が映るだけでこんなに悲しい気持ちになるなんて面白い。


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07月12日(土)
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