ID:43818
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by kai
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■『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』
それにしてもつらい。噂好きのブルジョワと、どこ迄もついてくる家族のしがらみつらい。そういう時代なんだが。貧乏というけどいい服にいい食器使ってるなあとか、いいとこに引っ越せてよかったねえとかつい思っちゃうけど、それは援助してくれるひとが現れたからで、そこに至る迄にルイスとその家族がどれだけ差別と偏見に晒されたのか想像に難くない。エミリーは病に倒れ、ルイス自身も統合失調症を患ってしまう。エミリーの死の場面での、演出とカンバーバッチの演技が白眉。朝食をつくり、エミリーの部屋に入ったルイスが目にしたものは、画面に全く映らない。カンバーバッチの表情、その後の行動で、そこに何があったのか伝わるようになっている。愛する妻を失った彼が受けた衝撃と絶望が、映像に焼き付いていた。美しくも恐ろしくも映る、“Electrical Life”を視覚化したヴィジュアルも素晴らしかったです。

つらく苦しい人生。それでもルイスにはエミリーとネコがいた。幸せな時間があった。彼を理解し、あるいは理解出来なくとも歩み寄ってくれるひとがいた。ルイスにイラストの仕事を依頼するイングラム卿、アメリカでの仕事相手(タイカ・ワイティティ!)、そして“ネコ派”の人々。そう思えたのはよかったな……。あのとき犬の肖像画を描いたひとが! というのは実話なのだろうか? あまりにもドラマティックだけど、そのシーンではただただ「よかった!」と涙が出たよ。このひと、ルイスがいう「電気」のことを「それはきっと愛のことなんだね」と理解を示してくれて、最後には彼を迎えに来てくれる。アディール・アクタルが柔らかなユーモアと優しさに満ちた人物造型で演じていました。

で、ニック・ケイヴ! なんとH.G. ウェルズ役だった! Wikiにも載っている「彼は自身の猫をつくりあげた。猫のスタイル、社会、世界そのものを創造した。ルイス・ウェインが描く猫とは違うイギリスの猫は、自らを恥じてしかるべきである」というウェルズの言葉を語るのがニックな訳です。これが冒頭に流れる。「ニックの声だあ!」とワクワクしたものの、いつ迄経っても姿を現さない。その後悲しくも美しいストーリーに入り込みつつも、ときどき「あれ、ニックいつ出るのん……」と我に返ったりしていた。出てきたのは終盤も終盤。ウェルズはラジオでルイスへの援助を呼びかける。ここで冒頭の言葉が繰り返される。ルイスが何度も夢に見た船の丸窓と、ウェルズのいるラジオブースの丸窓が重なる。出演場面は1分もなかった。でも、とても印象的で、とてもいい役だった。

ルイスの絵はポストカードのしか知らないと思っていたけど、見たことのある絵がいっぱい出てきた。レーベル名じゃない、所謂“ポストカード”の絵柄として。知らぬ間に出会い、記憶に残されていたのだなあ。時代も国境も超え、彼のネコたちは世界中を駆けまわっているのだ。

01月14日(土)
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