ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■2000年の大杉漣、と役者仲間たち(廣木隆一ナイト)
・本文には書かれてないけれど、大杉漣バンドのギターは大森南朋さん。おーもりさんを初めて認識したのは翌年の『殺し屋1』なので、知らずに観ていたんだなー

・みるくは恵比寿にあったロッククラブ(2007年閉店)。初期DCPRGのホームでもありました。ガウディぽい装飾のちょっと変わった構造で、二階だか三階だかぶち抜きのらせん階段があって、各フロアからステージを観ることが出来たんじゃなかったかな(もはや記憶が曖昧)。そんなつくりなので、ジョビジョバのメンバーは同じ会場にいたにも関わらずちりぢりになったのでした。既に携帯はあった時代だけど電波がすぐ届かなくなる程度のもんだったし、何より皆酔っぱらってたから連絡もつきませんよね(笑)

・そんな時代の携帯+コンパクトカメラで撮影するからフラッシュがすごかったんですね(笑)うーんこうやってふりかえるとテクノロジーの変遷を実感

・てか誰も楽屋にいないくらいステージが見もので、なおかつフロアが楽しかったんだよ。漣さんが主役! と出演を快諾するひと、『不貞の季節』に出演していなくても漣さんと廣木監督を慕って遊びにきたひと、演者と観客の垣根もなくて、ふつーに役者さんたちがフロアうろうろしてて、気軽に声をかけられたし、映画や舞台の話に花を咲かせたり。まさに社交場、クラブの真骨頂。廣木監督のオーガナイズも素晴らしかった

・『ウェアハウス』について。鈴木勝秀=スズカツさんのライフワーク。初期の舞台ヴァージョンに松重さんが出演しています。その何演めかのカーテンコールでちょっとしたセッションがあって、松重さんはタンバリン担当だったのね。そのときエラい手首がカタそうだったのを思い出してのこの感想

・で、スズカツさんどうこうというのは、その頃スズカツさんは舞台の仕事を全くしていなくて、たまにテレビドラマの脚本仕事で名前を見る程度だったのですね……

・ちなみにみるくのクリエイティヴディレクターの方は今こんなお店を開いています。今度行ってみたい
-『「クラブシーンの仕掛け人」が切り盛りする“朝食専門店”の謎』各駅停車パンの旅 渋谷編│文春オンライン

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数えきれないくらい多くの役を演じ、多くの役者たちに大きな背中を見せてくれた。多くの監督たちに愛された。そして多くの観客が愛した“現場者”、大杉漣。まだ信じられない。今はただ、のこされた作品をふりかえるばかり。

02月24日(土)
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