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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『スポケーンの左手』
左手を売りにくる男女ふたり組の、人間のちいささ、弱さに痛く感じ入る。泣き虫、短絡、日和見。自分は差別される側だと常に思っている。演じた蒼井優と岡本健一、やかましくて、落ち着きがなく、滑稽で悲しい。蒼井さんはアバズレの役が非常に上手い。これが素なのではを思わせてしまう程に上手い。レイシズムに敏感だが、目の前の変化によって彼女はきっと簡単にレイシストにもなる。ホテルになんて泊まったことがない=この街を出たことがない、育った環境をその人物の背景として見せる。今目の前にあることだけを信じ、その目の前のことにおいてつく嘘は彼女にとって嘘ではない。嘘を本当にする、それが役者。岡本さんは以前『タイタス・アンドロニカス』でもムーア人のエアロンを演じており、有色人種の役は二度目とのこと。以前日本人が黒人の役を演じた某作品を観たとき、そのヴィジュアルがあまりにも塗ってます状態で滑稽に見えてしまったことがあり、こんなことなら素の肌で見せた方が、舞台の強みとしての想像力を使えてよいのに…と思ったことがある。岡本さんの肌の色は(多少は塗っていたのかもしれないが)、その顔立ち――と言うより演じることによって醸し出されるツラ構えと言った方がいいだろう――と出で立ちの間に齟齬がないものだった。『タイタス〜』でもそうだったが、ヴィジュアル的にも違和感がない。繊細なチンピラはかわいらしくもあり、愛すべき存在。
ベルボーイの成河は抜群の存在感。中盤ひとり芝居とも言える長いシーンがあり、ホテルの部屋を孤独なベルボーイの自室に錯覚させるマジックを見せる。誰にも見られず、誰にも聞かれていないからこそ出来る独白を、観客は見て聞くことが出来る。観客で満ちてるのに誰もいない空間をつくりあげるその表情、身のこなし、そして身体のライン。見られている、聞かれていると言うことをこちらに意識させない。しかし声のトーン、視線の動きは見せる、聞かせるものになっている。誰にも話せない独白=告白はあまりにも空虚で、その人物の空虚さを浮き彫りにする。自室を覗き見させているような錯覚を起こさせる演技、見事。
そして中嶋しゅう。27年間左手を探し求めた年輪を刻んだ顔貌、時折見せる焦燥と疲弊。部屋への出入りの際見せる身体のキレ。ラストシーンのライターを弄ぶ手。一挙一動に惹きつけられる。最前列故舞台をひきで見られず、登場人物たちが距離を置いて対峙する場面等はテニスの試合のように首を左右に振り続けることになるが、中嶋さんから目を離すのがとても怖かった。目を逸らした途端何をするかわからないと言う恐怖感があった。それ程の人物像だった。
翻訳も手掛ける演出の小川絵梨子、言葉のニュアンスを細やかに日本語に落とし込む。特にベルボーイの、頭がキレると言うことは語彙を多く持っていることではないことを表現するようなつたない言葉遣いと、その受け答えの反射神経の良さを心地よいリズムで聞かせていく。「ヒガイモウモウ」等、語感のチョイスも興味深かった。
数日前聞いた、マドンナの「私たちは皆移民」と言う言葉を思い出した。
11月20日(金)
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