ID:43818
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by kai
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■『パーマ屋スミレ』
炭塵爆発によりCO(一酸化炭素)中毒患者となった成勲と昌平。発症時期や種類が個人によって違ったり、長い時間をかけてじわじわと悪化する一方のこの後遺症は、全貌が把握されていなかったためその後の補償に大きな問題を残します。障害等級を決定しても、一見して判るような症状ではない患者が「ニセ患者が金をもらって呑気に暮らしている」と陰口を叩かれたりする。実際は激しいめまいや頭痛が続き、とても労働出来る身体ではないのです。そのうちエネルギー産業が石炭から石油へ移行、炭鉱自体が閉鎖され、患者とその家族は企業から、いや国から見捨てられた状態になる。この辺り、意識せずとも現在を照らし出しているようにも感じました。事態は何も変わっておらず、繰り返されているのです。

七場から成る舞台は暗転するごとに時間が進む。照明が明るくなる度、現れる成勲と昌平が少しずつ変わっていく姿に胸が締め付けられるようでした。普通に歩いていたひとが、笑っていたひとが、脚をひきずりはじめ、喋れなくなり、リヤカーに乗せられ、車椅子になる。発作が出ると大暴れして周りのひとを傷付ける。苦しみ抜く昌平に請われた晴美は彼を絞め殺してしまう。脚が不自由な英勲は、社会主義に理想を見出す「北」へ戻ることにする。

ひとりまたひとりと街から離れていくなか、成勲は「炭鉱を離れたくない」と願い、須美はそれに寄り添います。後遺症が悪化し、炭坑夫としての仕事も誇りももぎとられた成勲は、何度も離婚を提案し、須美につらくあたります。プライドが高く、素直な感情を出すのが得意ではない成勲は、事故に遭う前から須美へかなり酷い言葉や仕打ちを投げ続けるのですが、須美はそんな成勲の味方でい続けることを選びます。成勲のプロポースの言葉「どんなことがあっても俺はおまえの味方だ」を、須美は夫に返し続けるのです。

須美を思い続けていた英勲に成勲が「須美はおまえにくれてやるから北へ帰るな」と言って殴り合いになるシーンが素晴らしかったです。不自由な身体同士での取っ組み合いなので、アクション含め演者は大変だっただろうと思いますが、長身なふたりの動作の流れがはっとする程の美しさでした。成勲は須美のこと実際どう思ってるの?と迷い乍ら観ていたのですが、この殴り合いは、視覚的にも一筋縄ではいかない成勲の思いを的確に表現していたように感じました。成勲は不器用なんだ、一連の言動は須美を思ってのこと、英勲を案じてのことなんだ。須美はきっとそんな成勲の傍を離れはしないだろうと確信したシーンでした。栗原直樹さんの擬闘によるこの殴り合いは白眉でした。

皆が街を出て行き、あれだけ騒がしかった街がしんと静まり返る。理容院にいるのは成勲と須美のふたりきり。すっかり身体が動かなくなった大柄な成勲(顔にも麻痺の症状が現れ始めている)を、華奢な須美が抱えて理容椅子へ移動させ、髭をあたる。「さびしくなったね」「さびしくないよ」。静かなふたりのやりとりは、それ迄の苛烈な季節を思い出として呑み込んだような、揺らぎのない穏やかさでした。数年後成勲は合併症で亡くなり、須美は今もこの街でくらしている。開店することのなかった「パーマ屋スミレ」、生活のためにデザイナーの夢を諦めた大大吉。客席にお尻を向け両脚をガッシと開いて立ち、日々の労働をこなしていく彼女は逞しく、そしてとても美しかった。そんな彼女の生きる姿が、大大吉の心の支えにもなっていることが最後に語られます。

いい脚本をいい役者がいい演出で演じる。このバランスは難しいものです。いい脚本を演出や演者が台無しにすることもあるし、勿論その逆もある。技巧が鼻につく場合もある。しかしこの舞台では、巧い役者の巧さをここぞと言うところで使うしっかりとした演出家の判断があり、演じる方もそれに存分に応えている。開場と同時に朴勝哲さんと長本枇呂士さんによる生演奏と歌が始まり、二幕に入る前には、そのふたりが水が飛び散るシーン用に客席前列に配布されたビニールシートの扱いを軽妙にレクチャー。たったひとことで屈強な労働者を泣き崩れさせる青山達三さん、全ての思いを断ち切り、未知の祖国へ夢を託す暗さと明るさを静かに発光させた石橋徹郎さん。根岸季衣さんと久保酎吉さん、星野園美さんと森下能幸さんの絶妙なコンビネーション。

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03月18日(日)
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