ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『ハート・ロッカー』
あーこれを観て「ジェームズかっけー」とか思っちゃうひともいるんだろうな。確かに彼の仕事っぷりは感嘆する程です。しかしその背後に、彼の心がすっかり死に対して麻痺しているところ、そしてそれが高じて、死ぬかもしれない状況に常に自分を置いておきたいと言う中毒症状が見てとれるところが恐ろしいのです。任務を終え帰国した彼の家には、夫の帰りを待っている妻(ジェームズは「離婚したが、家にいる」と言っている)と幼いこどもがいる。妻とスーパーに買い物に行き、家ではこどもをかわいがる。ごくごく穏やかで幸せそうな風景だ。このシーンの、レナーの繊細な演技がまた素晴らしい。だからこそ、続くラストシーンが余韻の残るものになる。彼は、そんな生活がものたりないとでも言いたげに、なんだかんだと理由をつけてまた戦場へ出かけて行くのだ。負のループだ。
エルドリッジとかはまだまともなんだよね…かなり追い詰められているけど、医者に自分の精神状態を相談しているし、持久戦に持ち込まれた戦闘でおびえるさまも「おかしくない」ように映る。んーとややこしいな、この状況では「おかしくなる」ことが「まとも」=「おかしくない」ってことです。反面この時のジェームズは、目や口に虫が入ってもおかまいなしで淡々と敵情を観察している。その様子は「おかしい」が、いつ銃弾が飛んでくるか判らない状況で集中力を切らせないでいられる=平常心=「まとも」。となると「おかしい」=「まとも」。しかも受け取ったドリンクを先にサンボーンに飲ませる気配りを見せるんだよね…こういう「まともさ」が残っているので、ますます「ん?おかしくないかも?このひとまともかも?」と思わせられてしまうのです。しかしこれをまともだと思ったらかなりマズい。ジェームズは死に対してとことん無頓着。そしてその死は自分の死に関してだけなのだ。大怪我をして赴任先を離れることになったエルドリッジは、悪態をついているけどちょっと嬉しそうだった。自分の身体はだいなしになったけれど、ここから離れられる。怪我を負わせてくれて有難う、とも言いたげだ。それが一瞬表情に出る。これは「まとも」に見える。
この「人間としてのまともさ」がだんだん判らなくなっていくのが怖い。
人間爆弾に改造され損なって死んだこどもが親しくしていたイラクの少年に似ていて、その後ジェームズが取り乱すところがあるんだけど、そのシーンで「あ、まだ麻痺しきってない、彼は大丈夫かも」と思わせられたのも皮肉な話だ。あの状況ではまともでいない方がいいのだ。戦場に人間らしさなど必要がない。戦争は人間を人間でいられなくする。
余計なことを言わない台詞もよかった。サンボーンは何故こどもがほしいのか、それもおとこの子を、そして何故それがもう無理だと思うのか。ジェームズの「ひとつだけ残っている大事なもの」は何なのか。こういうところって、脚本家がうっかり筆を滑らせてその理由や根拠を書いてしまいたくなる見せ場でもあると思う。それが一切なかった。理由や根拠を詠うことで納得させられる程、それはイージーなものではない。声高に戦争反対を叫ぶよりも恐ろしく、戦争への嫌悪を突きつける作品でした。
ジェームズ役のレナーはホントすごかったな…顔見て思い出した、『ジェシー・ジェームズの暗殺』に出ていて「ジョシュ・オムに似てるなあ」と思ったひとだったわ。『ジェシー〜』ではそんなに出番多くないのに印象的だったんだよなあ…いやあ…すごかった……他の出演作も観てみたい。
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03月19日(金)
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