ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『30周年 俳優・光石研 ―祝宴7デイズ』
光●こう言っちゃ失礼かも知れないけど、あの時の南朋ちゃんはおもちゃを手にしたこどもみたいにはしゃいで…はしゃいでって言うか、楽しそうに撮ってたよね。でも南朋ちゃんの周りにはひとが集まるよねえ。俺友達いないから…『Dr. コトー』に途中から参加した時、南朋ちゃんしか知ってる俳優がいなくてすごく頼りにしたんです。(長期出張だから)何が必要か訊いたり
大●海パンとシュノーケルと水中メガネがあれば楽しくすごせますよって言ったんですよね(笑)
光●他の俳優さんとの橋渡しもしてくれて
大●中間管理職的な役回りなんです
光●台風で足止めされた時面白かったねー、空港で8時間待たされて、結局飛ばないってなって那覇のホテルに泊まることになって。そしたら2人部屋しかありませんって言われて
大●僕と光石さん、そこで初夜をね…(にっそり笑)『博多っ子純情』の時俺小学生ですよ、リアルタイムで観ましたもん、そんなひとと今では、ねえ……。これからも光石さんにお世話になっていきたいと思います(笑)
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リ●『博多っ子〜』は嫉妬されたでしょう、当時すごかったもんね。祭りみたいになってて。CMすっごい流れてたし。映画そのもののCMもだけど、お菓子とか…ひよこだったかな?のCMとか、皆提携してて。僕当時映画館で観て「ああ、こいつは足抜けしたんだな」と思った。僕は筑豊とか転々としたけど、あのへんでマンガ描いてるひとなんていないんですよ。大体マンガ読んでるひともいないもんね。読んでも『ミナミの帝王』とかだもんね(笑)
光●いや、自分ではよくわかんなかったですよ。ただ親父がマネージャーみたいになっていって、最初は仕事依頼の電話に「はいっ、はいっ」て感じだったのに、段々「それは〜…」「それだとウチの研は活きないなあ」とか(場内爆笑)俺の部屋の前に黒電話があったから全部聞こえるんですよ…。あ、でも、パンフレットにも載ってますけど、博多出身の松重豊さんがコメントで「キタキュー(北九州)出身のくせに博多っ子を名乗りやがって」って(笑)僕黒崎だから。でもね、東京に撮影に行って、プリンス泊めてもらって、オーディション一緒に受かった友達と部屋から歌舞伎町を見下ろすと、黒崎とそんなに変わらなかったの(笑)「あんまり変わらんばい」「ほら、あそこで吐いとぅひとがおる」って(笑)『博多っ子〜』は東京と、大船のスタジオで撮影したんだけど、大船には他の撮影で緒方拳さんがいた。「おおっ緒方拳や!緒方拳や!」ってしばらくついて回ったりしてた(笑)
リ●当時の緒方拳ってあれでしょ、今みたいに優しそうなんじゃなくて『復讐するは我にあり』の頃でしょ。怖い!よくもまあ近付けましたね。…それにしても『博多っ子〜』は福岡の子は皆知ってた。だから光石さんのことはもう昔っから知ってるんだけど、役者としてこんなねえ…映画何本出てるんだって感じ。日本の映画全部出てません?役者30年も続けるって思ってました?
光●いや、全然。ただ、不安はなかったんですよね。『博多っ子〜』撮影終わって帰って高校卒業してまた上京してきたけど、不安は全くなかった
(他にも時間を超過してかなりグダグダな話で盛り上がった。グダグダなのでまとめづらい(笑)光石さんの音楽のルーツはシャネルズとか(笑)こんだけグダグダだったのに、『ぐるりのこと。』の演技を光石さんから絶賛されるとしどろもどろになって話をはぐらかしてしまうリリーさんは微笑ましかったです)
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光●僕らの世代からするともう、石井監督と言ったらねえ…『五条〜』は監督から直接電話かかってきたんです、ウチの自宅に。今でも憶えてる。「石井ですけど」、もう直立不動で「はい、出ます!」
石●最初断られたんじゃなかったっけか
光●そんなことありませんよ!憶えてますもん僕!
石●ん〜、光石くんその時他の仕事も忙しくて、「もう監督から直接言ってくれないと無理です」って言われて俺が電話したんじゃなかったかなあ
光●いや、そんなことはないです!しかし撮影は…死ぬかと思いました……
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05月21日(水)
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