ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『転校生』
しかしその後、彼女たちはごくごく自然に転校生を受け入れて行く。おばあさんとミドルティーンの女の子たちが一緒にお弁当を食べたり、授業の話をしたり。そして独特の距離を取り合う。それは“転校生”に対する距離の取り方でしかなく、その転校生がおばあさんであると言う外見の異質さが観客にとって自然なことになっていく。異常と言えば異常だが、そんなマジックが通じるのは舞台だけなのだ。
転校生に対する柔軟さを女子高生の若さと言い切るのは簡単だが、その“若さ”は単純ではない。いきものとしての若さは全肯定的なものだが、それだけでは済ませられないものをミドルティーンの女の子は抱えているからだ。転校生役をおばあさんにしたと言う仕掛けは、彼女たちのグロテスクさを浮き彫りにした。しかしこのグロテスクさは、彼女たちにとっては自然なものなのだ。転校生は「ひとはどうやって(How)生まれてくるかは判るけど、その子が何のために(Why)生まれて来るのかは判らない」と言う。そして「私、本当に明日もこの学校来れるかな」と言う。クラスメイトたちよりも明らかに死に近い人間が話すことで、この台詞にはとても重さがあることに気付きやすくなる。
劇場内では、開演前から時報のコールがずっと流れていた。途中その時報を携帯で聴き乍ら教室から飛び降りる生徒がいる。帰って来たクラスメイトは「どこに行ったんだろう」と気にし乍らも、彼女を見付けることなく帰って行く。死体がある(かも知れない)同じ敷地内でかわされる会話は、彼女が飛び降りる前と後とでは全く変わらない。そして時報のコールはエンディングにも現れる。ピアノ曲とともにリズムが反復される。そのリズムに合わせ、手を繋いだ女子高生たちは「せーの!」と叫びジャンプし、床に足音を響かせる。
何度も続くリズムの反復、それは飴屋さんの作品でよく現れる。演出作品を観るのは1993年の『ドナドナ』以来だが、その場所でもリズムは何度も何度も続けられた。役者の動きもループする。いつまでも続くそれは役者の身体を疲労に追い込み、腕が上がらなくなったり、息が上がったりする。それでもリズムは止まなかった。昂揚感に満たされていく。思えば東京グランギニョルも、M.M.M.も、プロフェッショナルな役者は殆どいなかった。今回、現役女子高生たちと飴屋さんがこれだけの作品を作り上げたことは至極納得の行く話だ。企画を出してくれた宮城さんに感謝するばかりです。
足音を聴き乍ら、彼女たちと違う風景を観ている私は、何度も「この素晴らしい舞台を観客として観ることが出来ない彼女たちはなんて不幸なんだろう」と思い、同時に「この素晴らしい舞台に立てる彼女たちはなんて幸せなんだろう」と思った。そして、照明が落ち、足音が止んだ途端に泣いた。
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■てらてらありがとうー
静岡在住の友人にお世話になりました。車乗せてもらったり名物丸子のとろろ汁を食べにつれてってもらったり。そうだー東海道ですもんな。とろろ汁と言えばクドカンの『真夜中の弥次さん喜多さん』で勘九郎(当時)さんが売ってたな(笑)で、食べるとトリップするんだよ(笑)うまかったー
■静岡といえば
おみやげでよくあるこっこと言うお菓子が大好きでして。今回久々に買えたのも嬉しかったー
紅葉の足柄山も、雪を被った富士山も見られたし、会田誠さんが『アートで候。』で描いてた『727』の実物も見られたし楽しい日帰り遠出でした。いやホント行ってよかった。
12月01日(土)
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