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● ココナッツバニラ毒 ●
by 美南海。(minami)
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■2001→2002
もう30日ですねー。
2001年も残すところ2日。あとふたつ寝るとお正月ですか・・・。はえぇよな1年って・・なんてヤボなNGワードを呟いてしまいます。今年の日記の更新は今日で終了しそうな雰囲気モリモリなので今日は今年の締めくくりのご挨拶です。


休みに入って生活ペースが完全に夜型になってます美南海ですコンニチハ。

昨日は自分の流産子を祀ってある寺にお参りに行ってきました。

チラッと自サイトbbsで話したのですが、アタシは今の息子を産む前に2人の胎児を流産しました。原因は不明ですがおそらく受精後の細胞分裂の段階で、生命を維持できないほどの奇形等を持っている場合、分裂すらも止まってしまうと言うモンらしかったです。

1回目の流産は心音が聞こえるはずの周期に入っても聞こえないと言う感じで。
2回目の流産は心音が聞こえてたのに数週間後には途中で聞こえなくなってしまったと言うものでした。

手術は中絶と同じシロモノです。
何故それが同じだと知っているかと言うと、アタシは17歳の頃中絶した事があるのです。それは単に無知だったからと言う事だけでは済まされない罪です。居ない子供の年齢を数えてはいけないと言いますが無事に産んでいれば今はきっと15歳ぐらい。当時アタシはずっとクラシックバレエを習っていて、卒業後にはそこのバレエ団の講師になる予定でした。半年後に予定されている公演でプリマを演じる予定だったのです。似合わないとか言うなコノヤロウ。シメるぞ?

毎日、学校が終わったら直ぐ練習練習の日々。休む事など許されず。それでもバレエの先生は「アンタなんかをプリマに選びたくて選んだ訳じゃないのよ。大して上手くもないくせに、上層部からアンタを講師にする為に教育してくれと言われたからやってるだけなんだから。」と毎日罵られる。

アタシとしてはバレエ団の講師になることなどどうでも良かったのです。自分が踊りたくて踊ってるんじゃない、アタシは踊らされているんだ、と言う「赤い靴を履かされた女の子」同然の気持ちでした。自信は無いけど出来る事ならこのまま結婚して子供を産んでしまいたいと思っていました。当時の彼氏は2歳上で社会人だったから今思えばそれはおそらく無理な話ではなかったでしょう。
でも彼氏はまだ20歳そこそこ。「墜ろしてくれ」と言われました。
お互いに自信がなくて結婚出産は断念したのです。そしてバレエに打ち込もうと思いました。犠牲にしたものの大きさを自覚しながら。

でもどうしても自分は赤い靴の女の子であるような気がしてならなくて・・・。
アタシは自分に負けたのです。先生と取っ組み合いの喧嘩をして、そしてバレエを辞めました。もう二度と踊る事はないだろうと思いました。
(でもその5年後、やっぱりバレエが好きだと言う理由で習い始めました。しかもその取っ組み合いの喧嘩をした先生が新しく開いた教室で・・・と言う後日談があるのですが)

流産した時はその報いだと思いました。

10人に1人の割合でこういう流産はあるそうです。でも2回連続で流産した時はさすがに落ち込みました。
しかーし、当時のアタシは旦那とも上手く行ってなくて「子供さえ出来れば関係を修復できるんじゃないか」と必死でした。でもそんなアタシの心情を察してか子供はあえなく流産。そりゃそうだ、こんなアタシらの間に生まれても子供は幸せなワケがナイよな。

で、3回目の妊娠。旦那と別居直後に発覚しました。
どうしてそんな状態で子供を産もうと思うの?何で中絶しないの?と聞かれる事もありましたがね。今回は「自分の力で育てる。ダメで元々。なるようになれ!」と思っていました。そして順調に育ち、無事に息子が生まれました。

顔が不細工でも、頭が悪くてもイイ。
健康であれば、五体満足であれば、それで何も要らない。
それだけでした。
結局の所、親なんてみんなそう思うと思います。

話がそれてしまったな・・・。


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12月30日(日)
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