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西方見聞録
by マルコ
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■秋の大和路A 藤ノ木古墳現地説明会
秋です。連休です。この日は斑鳩が誇る史跡、藤ノ木古墳で現地説明会がございまして、家族で朝10時ころに現地に参りました。いつもは法隆寺の陰に隠れてごろん、と丘があって石棺のレプリカがこれまたごろんと展示されてるのみで人影も、まばらなんですが、この日はかなりの人出で、マニアの裾野の広さを感じました。中に明らかに新生児を連れてきているお母さんがおり、産休中の考古学研究者か?とか思って一人で胸がきゅんとしたりしていました。
藤ノ木古墳のお宝は国立橿原考古学研究所にもっていかれてしまって、ここにはめぼしいものは残ってないのですが、いつもは封印されている発掘中の穴の地層が露出している「露頭」が公開され、そこで橿原考古学研究所の学芸員さんが室町時代、江戸時代の古墳の状況などをマニアックに参加者に語ります。説明自体は1時間程で第1ラウンド終了だったのですが、説明後マニアが質問に殺到します。お、そのマニアの群れに見覚えのあるあめでおさんの後姿が!しかしあきらめのいいあめでおさん、マニアの多さに質問を断念したかとおもいきや、おおなんと、現地説明会で説明した人ではないので、マニアからノーマークになってる橿原考古学研究所のアナザー学芸員を見つけ出し、見事に質問しています。
あ「地層の上の部分なんですが上から2番目は大阪層群だと思いますが、一番上は不自然ですがどういう地層ですか?」
学「あ、あれは宅地化のときの盛り土だと言われてます」
あ「大阪層群との間も自然堆積ではないようですが」
学「向こうの丘からの土石流の流路になったといわれてます」
わかりません。なんか2人の世界を形成されておりました。
でもあめでおさんのマニア魂はかなり満足だった模様。あめでおさんは「視点が違う分野の人の話はおもしろいのでいつか共同研究してみたい」そうです。さようですか。
この日はそのまま奈良市へJRで移動し、1号さんの喘息の定期検診をうけました。そして興福寺境内のいつもの切り株に座って、五重の塔を望みながら作ってきたサンドウィッチを4人でもりもり食していると、うら若いお嬢さんが「すいませ〜ん」と声をかけていらっしゃいました。
マルコが「なんざんしょ?」ってかんじで笑顔を向けると
「とてもいい感じなので、ご家族の写真にとらせていただいてもいいですか?」
ということで、ようはモデルの依頼でした。あらまあ、秋の大和路の風景に選ばれるとは光栄の至り。「カメラ目線じゃないほうがいいですよね?」とかいいながら4人で写真を撮られたりいたしました。お嬢さん、悪用しないでね。ワタクシらの肖像。
その後、興福寺の宝物殿で阿修羅やら須菩提さんやらを興福寺友の会券で無料観覧したあと、少し奥のほうの奈良公園まで行って、鷺池のほうをまわって帰ってきました。
そしていつものように、お団子屋と漬物屋で棒団子とひのな漬けを購入し、JAのアンテナショップでお茶やジャムを購入して帰路につきました。
この日の写真忘れたころにアップ予定。
11月22日(土)
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