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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■維新の教育政策の誤り
大阪府の公立高校は2014年に学区制が廃止され、府内どこに住んでいても好きな高校に入学できるようになった。1973〜2006年まで最大9学区に分かれていて、それぞれの学区内にはそれぞれの地域の公立トップ校が存在したのだが、それが2007〜2013年までは4学区に統合され、さらにその4学区の垣根もなくなってしまったのである。
オレが居住する地域の第七学区には生野高校という公立高校があって、南河内の秀才たちはそこに集まった。当然オレもそこに進学した。同学年には後に河合塾の全統模試で日本一になり、東大文Tから住友銀行に進んだNという秀才もいたし、物理や化学でたびたび校内1位をとったのに京大文学部に進むというオレのようなちょっと意味不明の謎の人間もいた。確かオレの学年からは現役で京都大学に10人くらい合格したと思う。大阪大学の合格者は北野高校に次いで2位だったはずだ。
オレの家は貧乏だったし、オレは早起きが苦手だった。生野高校までは自転車で5分の距離だったのでちょうどよかったのだが、もしも遠距離通学だったら往復の時間分、勉強する時間は減っただろうし、貧乏なオレの家は定期代を出せなかったかも知れない。オレにとって家から一番近い生野高校が、その学区内のトップ校であり京都大学に現役で合格するようなライバルが周りにいる学校だったという僥倖がなかったら、今のオレは全く違った人生を送っていたはずである。
維新の教育政策は公立高校の序列を直線化して、橋下徹の母校である北野高校を頂点にしてそこからピラミッド型に序列化することだった。それまで存在した9つの山がなくなって、一つの頂点と、それ以外の学校にされてしまったのである。これがどういうことかわかるだろうか。
貧しい家庭の子弟・子女にとって中学から私学に行くような余裕はない。公立中学校に進んでから高校受験という勝負を経て、そこで地域から選ばれた秀才たちと出会うのである。9学区制の時は、現役で京都大学に進む可能性のある高校が9つのそれぞれの学区に存在したし、そして学区内二番手の高校からもごくわずかだが京都大学に行ける可能性はあった。しかし、2014年に学区の壁が取り払われてから起きたことは、大阪府の秀才たちが北野、天王寺の二校に集中することだった。その2校以外の公立高校はすべて没落した。これがどういうことかわかるだろうか。貧しい家に生まれて、塾にも通えずに努力して進学しようとした者が、高校受験でトップ2校に入れなかったら京都大学を目指すことがきわめて困難になってしまうのである。
かつてそれぞれの学区内のトップ校だった公立高校は、ツートップの北野、天王寺以外はどこも大幅にレベルダウンした。2校を伸ばして7校を凋落させるという教育政策は間違っている。少なくとも9つの山があった方が、高校入試時点でまだ能力が開花していない生徒にとってのチャンスが存在したのである。
もしも現行の制度ならば、オレはNというとんでもない秀才が目の前にいるという奇跡を体験することもなかったし、京都大学を目指すなどということもなく、あまり勉強しなくても楽に入れるレベルの国公立大学に進学していたような気がする。学区制を廃止するということはそういうことなのだ。たまたま北野や天王寺に合格できた人たちにチャンスを与える代わりに、それ以外の高校に入ることになった者の可能性を奪うことなのである。そんなことをしていったい誰が得をするのか。
学区制を廃止した結果、生徒が集まらない高校が次々と廃校になった。それは公務員の数を減らし、人件費を削減したいという維新の政策に沿った結果となった。財政再建の方法として支出をただ減らすというのはとても消極的であり、江戸時代に徳川吉宗がたびたび出した倹約令と同じである。どうして産業を振興して歳入を増やし府を豊かにするという上杉鷹山のような発想がなかったのか。
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05月10日(日)
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