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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■国民投票とは正義の実現手段である
国民投票とは、国民が政治の世界で正義や社会的公正を実現する唯一の手段である。なぜか? 政治家は自分たちに不都合な政治改革を絶対にやらない。たとえば官僚の天下りや政治献金の存在は政官財の癒着構造の温床となってるが、天下りの廃止や政治献金の禁止という形でその利権構造が壊されることを政治家たちは全力で阻止する。このような改革を政治家に任せても無理である。彼らが自分たちに損をさせる改革など実行するわけがないのだ。
だったらそうした政治改革をどうやって実行すればいいのか。その唯一の手段が国民投票である。3年に1回ある参議院選挙の年に国民投票の機会を設けてその時になんらかのテーマを決めて投票してもらうのだ。原発の全面廃止、集団的自衛権、政治献金の廃止、こうした大きなテーマに関して国民はどう考えているのかということを国民投票ではっきりさせればいいのである。その結果は法的拘束力を持ち、政府は必ずその投票の結果に沿って実行しなければならないということにすればいいのだ。
3年に一度の国民投票を行うか否かは、署名の数が必要な数に到達するかどうかで判断すればいい。たとえば有権者の5%であるとか、500万人とかいうふうにハードルをある程度高くしておけば、くだらないテーマに振り回されることもないだろう。またその署名の方法も、電子署名などを活用して経費が掛からないようにすればいいのだ。マイナンバーを登録していないとその電子署名に参加できないということにすれば、偽名によるなりすましの署名数水増しなどは防げるだろう。
このような制度を作ると、集団的自衛権に関わる憲法解釈について「戦争法案」だと大騒ぎしてネガティブキャンペーンを行ったサヨクの方々はさっそく署名集めに奔走するだろう。しかし、政府が集団的自衛権の行使が国際社会の中での日本の地位向上のために絶対必要だと考えるのならば、それを国民にアピールすればいいのである。国民投票の結果がどうなるかは予想がつかないし、もしかしたら過半数の国民が「日本を守るために集団的自衛権の行使は必要」と考えてるかも知れないのだ。
世論を無視して行う政治はいつかは国民の支持を失って破綻する。政府があくまでも原発の再稼働にこだわり、運転差し止めの仮処分決定を出した裁判官を左遷し、再稼働を許した裁判官を電力会社に天下りすることを認めて事後収賄させているという卑怯な行為も、国民投票で正義を実現できるならばそうした企みを叩きつぶすことができる。
政治献金とは賄賂である。政府は献金をもらった団体や企業の便宜をはかろうとする。臓器移植法案がなかなか提出されず法案成立までに10年以上の歳月がかかったのはなぜか?日本医師会が巨額の献金をして阻止し続けたからである。腎臓移植が増えれば、人工透析に関わる巨額の利益(年間1兆4000億円と試算されている)が失われる。だから日本医師会は政治献金で政治家に影響力を及ぼして全力で臓器移植法案をつぶしにかかったのである。移植が間に合わずに失われる生命よりも、人工透析という利権によって生み出されるゼニを守ろうとしたのだ。日本医師会というのはそういうクソ組織である。
最終的に臓器移植法案は党議拘束を掛けずに議員一人一人の判断で投票してよいということになってやっと可決されたのだ。臓器移植によってしか救われない患者の生命を救うというただ一つの正義を実行することだけでもこんなに困難だったのである。それは政治家たちが常に自分や所属政党の利益しか考えてなかったからである。また実質骨抜きにされた臓器移植法案や、腎臓移植を積極的に勧めようとした宇和島徳洲会病院の万波医師への医師会による不当な圧力のために、腎臓移植手術の件数は欧米と比較して日本でははるかに少ないままである。これは日本医師会が人工透析利権を頑なに守ろうとしているからである。
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05月09日(月)
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