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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■現代に孟子がやってきた!
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 中国から「道徳」なんてものの価値が失われてから久しい。その失われた「道徳」を取り戻すために孔子や孟子が現代に復活したらどんなことになるだろうか。オレは最近そんなことを時々思うのである。

 ある時、孟子が突然胡錦涛(コキントウ)の前にやってきた。

胡錦涛:「叟、千里を遠しとせずして来たる。亦将に以って吾が国を利すること有らんか。」
(孟先生は数千年の時空の壁をこえてわざわざおいでくださいました。他の遊説家たちのように先生もまた我が国に利益をもたらそうとされるのですか?)

孟子:「何ぞ必ずしも利と曰はん。亦仁義あるのみ。」
(胡主席はどうして利益のことなどおっしゃる必要がありましょうか。古代の聖王と同じようにあなたもまた仁義の道があるだけです。)

胡錦涛:「仁義とは如何。」
(仁義?それはいったいなんだ。そんなものわしはさっぱりわからんぞ。)

孟子:「王は何を以って我が国を利せんと曰ひ、大夫は何を以って我が家を利せんと曰ひ、士・庶人は何を以って我が身を利せんと曰はば、上下交々利を征りて国危ふからん。」
(国家主席はどういう方法で自分の国に利益をもたらそうかと言い、党幹部はどういう方法で自分の家に利益をもたらそうかと言い、下級官吏や庶民はどうやって自分自身に利益をもたらそうかと言うならば、身分が上から下まで国民全てが利益を巡って争うことになり、国家の存続そのものが危うくなります。)

胡錦涛:「・・・・・」

孟子:「万乗の国、其の君を弑する者は、必ず千乗の家なり。千乗の国、其の君を弑する者は、必ず百乗の家なり。万に千を取り、千に百を取るは、多からずと為さず。苟しくも義を後にして利を先にするを為さば、奪はずんば饜かず。」
(兵車一万台を動員可能な大国において、もしその国の君主を殺す者があるとするならば、それは必ずその国の千乗の大夫です。千乗の国において、もしその国の君主を殺す者があるとするならば、それは必ずその国の百乗の大夫です。万乗の国に仕えて千乗の禄を受け、千乗の国に仕えて百乗の禄を受けるのは、禄として多くないことはありません。仮に義を後回しにして利を先にするようなことがあれば、相手のものを奪い尽くしてしまわなければ満足しないことになります。)

胡錦涛:「・・・・・」

孟子:「未だ仁にして其の親を遺つる者有らざるなり。未だ義にして其の君を後にする者有らざるなり。王も亦 仁義と曰はんのみ。何ぞ必ずしも利と曰はん。」
(情け深い思いやりの心がありながらその親を捨てるという者は、これまでいたためしがありません。義の心を忘れない人でありながらその君主を後回しにする者は、これまでいたためしがありません。胡錦涛主席もまた古の聖賢のように仁義のことを言われるだけでよいのです。どうして尖閣諸島は国家の核心的利益などと言う必要があるでしょうか、いや、言う必要はありません。」

 そう告げて孟子は胡錦涛の前からふっと姿を消した。

 国家にとって大切なもの、それは「仁義」だ。 「仁」とは民に対する思いやりの心であり、 「義」とはそれを実現するための正しい道筋、つまり正義である。民に対する思いやりの心がなければ政治は酷薄苛烈なものとなり、国民は納税のために国家に奉仕する奴隷のような存在になるだけである。またさまざまなことを決定する際に「義」が存在しなければ、すべての政治決定は正しい手続きを踏まずに密室の謀議によって利害関係者の調整の結果として行われてしまう。

 オレは中国のことを批判するために今日の日記を書いた。しかし、振り返って日本のことを見たときに日本の政治にもまた「仁義」など存在しないと思うのである。そもそも政治の世界が「仁義」というものをきちっと実現できていたことなどあるのだろうか。


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11月09日(金)
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