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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■あのいすゞビークロスを追え!
 オレはマニアックなクルマが好きだ。そんなオレのマニアックな部分をくすぐるのが、いすゞ自動車というメーカーである。もっともいすゞ自動車は経営不振のために乗用車生産からすでに撤退していて今はトラックやバスしか作っていない。

 オレがまだ大学生の頃、いすゞには117クーペという美しいクルマがあった。(フローリアンという時代錯誤の不細工なクルマもあったが・・・)免許取り立てのオレは117クーペに乗りたかったのだが、貧乏学生だった自分にそんなゼニはなく、あきらめてもうひとつのいすゞ車であるジェミニを中古で買ったのである。ジェミニは排気量1600CCながら全幅1590ミリ、全長もちょうど4mくらいで4ドアセダンとしてはもっともコンパクトなクラスだった。しかしタイヤを縦置きにしていたのでトランクは深くて広く、分解して輪行袋に入れた自転車が余裕で入った。(当時売られていたカローラのトランクは狭くて自転車は入れられなかった)。またレインドリップの部分が十分な強度があったので、自転車を3台積めるルーフキャリアをがっちり固定できた。トランクに1台、ルーフキャリアに3台の自転車を搭載できる、つまり乗員4人分全員の自転車を積むことが可能だったのである。当時ジェミニの良さを理解していたのはあの「間違いだらけのクルマ選び」の著者である徳大寺有恒氏くらいだっただろうか。

 就職と同時に日産パルサーEXAを新車で買ったので、ジェミニとの縁はそれっきり切れてしまうのだが、最初に所有したマイカーとしてかなり印象に残っている。さて、その後オレはパルサーEXAから二代目の日産EXAと日産車を乗り継いだ。いすゞ自動車はバブルの頃に経営状況が落ち込み、なぜか乗用車の生産から撤退することとなった。そのニュースを聞いてオレは生産が打ち切られる前に2ドアクーペのいすゞ・PAネロを買うためにヤナセに行ったのだが、もう完売していた。オレと同じことを考えたいすゞ車のファンが多かったのだろうか。その後、PAネロを街で見掛けるたびにオレは「なぜもっと早く買わなかったのだろうか」と後悔した。

 結局その買い換えタイミングを逃したために、オレは日産EXAを12年間21万q乗る羽目になり、最後の半年は修理代が嵩み、ついに乗り続けることをあきらめて三菱FTOを買ったのである。しかし、オレは本当はFTOではなくいすゞビークロスを買うべきだったのだ。1993年にすでに乗用車の生産から撤退していたいすゞ自動車が最後に採算を度外視して少量生産した、あの伝説のRV車をこそ買うべきだったのだ。月面探査車のようなその異様なスタイル、見る人に「なんじゃこりゃ」と思わせる強烈なインパクト、他にそんな個性を示すクルマがあっただろうか。オレがそのことに気づいた時にはもはやビークロスはとっくに生産が終了し、最後に175台限定で販売されたリミテッドエディションもたちまち売り切れていた。

 そのビークロスをオレは通勤帰りに立ち寄った家電販売店の駐車場で偶然に見たのである。美しい山吹色だった。オレはしばらくその勇姿に見とれていた。ほどなくそのオーナーがクルマに戻り、勝手にクルマをしげしげと眺めているオレに軽く会釈してから発進させたのである。少なくともオレのことを怪しい車上荒らしなんかじゃなく、ビークロスというクルマを愛するマニアなおっさんと認知してくれたということである。

 その後オレは何度か自分の通勤するライン上で、この山吹色のビークロスを目撃することと合った。道ですれ違ったり、追い越したりした。朝のどの時間に走れば目撃できる可能性が高いかということまでわかった。まるでストーカーである。オレはまるで高校生があこがれの美少女に通学の電車で遭遇するときに感じる胸のときめきにも似たものをその瞬間に感じてしまうのである。


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05月28日(日)
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